※黒木靖夫さんは、2007年7月12日お亡くなりになりました。ご逝去を悼み、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
先日、テレビでニュース番組を観ていたんです。すると、海外から届いた映像の隅に、ソニーのプロダクトが映っている。それは、液晶テレビBRAVIA Xシリーズだったのですが、メーカーやブランドのロゴなんて見えなくても、明らかにソニーだとわかるんですね。「ソニーらしさ」がひと目で伝わる。はっきりとしたPI、つまりプロダクト・アイデンティティがある。それがソニー・デザインだと思います。
ところが、その「らしさ」というのは明文化できないんですよね。明文化できないものを創り、守り、育てるのは、本当に難しいことですよ。だからこそ、私はデザイン・マネジメントが大切だと思いますし、私がソニー時代に力を入れてきたのも、まさにそこ。よく製品のデザインを検討する会議の場で、「おい、これはどこかの製品と似ているぞ」「何だか見たことがあるな」とよくやっていました。そういうデザインはもちろん製品化しませんし、生産直前に他社から似たような製品が先んじて出てきてしまい、潔く生産中止にしたこともあります。そんな繰り返しの中で、次第に「ソニーらしさ」、アイデンティティが生まれてきたんです。
「ウォークマン」や「プロフィール」「ジャンボトロン」…私が携わったプロダクトは多いものの、実際にデザインした者は他にいるんです。私は彼らのための環境をつくった、プロモーションしたという方がむしろ正しいでしょう。当時のソニーのデザイン環境といえば、まず本社から違いました。7階は井深さん(当時名誉会長)と盛田さん(当時会長)、6階には私と大賀さん(当時社長)がいる。そのすぐ下のフロアが、もうデザインの現場。経営陣のいちばん近くに、財務や技術のスタッフではなく、デザイナーがいるんですよ(笑)。ある雑誌に「ソニーが次々と面白いことをできるのは、会社の中枢がデザイナーだからだ」と書かれたくらいです。
そのころでさえ、ソニーは部品も含めて年に約600もの新製品を市場に投入していました。それをすべて経営陣に把握しろ、一つひとつの商品性を判断しろ、といっても無理な相談ですよ。そこで、戦略的なプロダクトを選んで、開発者が経営陣に直接プレゼンテーションする機会を設けました。それもデザイナーたちが作業しているフロアまで、トップに足を運んでいただくんです。普通ならこちらから役員室に出向くべきところでしょうが、私が「プロダクトは動けません。でも井深さん、盛田さんには足があるのですから、ぜひご足労を…」と進言しましてね。アタマの固い人たちからはずいぶん叱られましたが、おふたりとも喜んで降りてきてくれました。モノが見られるんだもの、きっと役員会議より面白かったんでしょう(笑)。その際に、井深さんや盛田さんに見せるのは、デザインモックです。モックだからと手を抜くことなく、本当にきれいにできているんですよ。そのモックを最終的な目標に、デザイナーもエンジニアも力をあわせていく…こういうモノづくりのスタイルは、とてもユニークでしたね。


