2011年のCES(Consumer Electronics Show)で発表されるや、長蛇の列ができるほどの反響を呼んだ、ソニーのヘッドマウントディスプレイ。その開発から商品化までを手がけたのは、デザインR&Dのメンバーたちです。彼らの努力から、未来のソニーはつくられます。
稲垣:ソニーでは、常に先を見据え、技術とデザインの研究開発を進めています。今回の3D対応ヘッドマウントディスプレイHMZ-T1も、そのような先行的な取り組みから生まれました。
話の発端は、社内での実証実験。あるエンジニアが、「開発中の有機ELディスプレイで、ヘッドマウントディスプレイをつくりたい。映画館の750インチ大スクリーンを再現できるか原理試作をつくった。本当にそう見えるかテストするから、立ち会ってほしい」というのです。
実際にディスプレイを覗いて、驚きました。想像を超えた臨場感と没入感。「これは、家庭に本物のプライベートシアターを届けられる」と、直感しました。
ただし、そのためには高いハードルをクリアしなければなりません。レンズユニットが200gを超えるのです。それをどう保持するか。ある一定の開発期間を想定し、先行デザインプロジェクトを立ち上げました。中心メンバーとして白羽の矢を立てたのが、細田。以前、彼が先行デザインしていた、ユニークなヘッドホンステレオがヒントになるのではないかと期待したのです。
細田:私も原理試作を覗き、強いインパクトを受けました。見えないはずのものが、目の前にある。現実とバーチャルの世界を、簡単に行き来できる。これを見て刺激されないデザイナーはいません。実際、検討をはじめると、他のデザイナーたちが「これは面白い。自分も参加したい」と集まってきました。こうして、部署や領域を超えたドリームチームができたのです。
プロジェクトのゴールは、「パーソナルシアターのマーケットを開拓し、HDの世界を豊かにすること」。メンバーたちは、そのために必要な新しいデザイン、その手掛かりとなる新しい装着法、視聴スタイルについて検討をはじめました。
細田:いちばんの問題は、やはり装着法です。木組みの箱に釣りの重りを入れて、自分たちで被ってみては問題点を洗い出す。最もソニーらしくないやり方ですね。
本来、先行デザインは市場性よりも、夢を提案するのが目的。実際の商品化は、それぞれのカテゴリーのデザイナーに委ねるのが普通です。しかし、そんな悠長なことを言っている場合ではありません。先行デザインに着手していた私たちが、そのまま商品化までを手がけることになりました。これは、ソニーでも非常にレアなケースといえます。
悩ましいのは、内部構造をどう積み上げても、大きくごつごつした直方体にしかならない、ということです。そのままで長時間の視聴はつらい。そこで、思い切った方向転換を図ることになりました。構造的な都合を積み上げるのではなく、デザイナーの視点から理想の姿を見つけ、それをみんなで目指す。ソニーらしいプロセスで、魅力的なプロダクトをつくろうという、原点回帰です。
まずは、目前に迫ったCESに出展する、コンセプトモデルが必要です。来場者の足をとめるような、インパクトのあるデザインを披露したい。勢いにまかせてスケッチを描くと、それを熊谷がモデリングし、次の日には3次元造形機でモックに仕上げてくれます。タイトなスケジュールをクリアできたのは、熊谷のおかげです。
熊谷:今どきのデザイナーには珍しく、細田はフリーハンドのスケッチにこだわるのです。しかし、そのスケッチには、エネルギー感やメッセージ性、力強さがあふれている。ここまで曲面を自由に使いこなすデザイナーは、私も初めてです。スケッチを受け取るたびに、「早くカタチにして、この目で見みてみたい」と思わされました。
そのモックアップを二人で検討しているうちに、さらに魅力的な線が引かれる。プロセッサーユニットもそうでした。フロントパネルが、微妙な曲面であることにお気づきでしょうか。この曲線は、私のデザインに細田が加えたもの。ただの平面だと、「直線のない本体」とマッチしませんが、この微妙な曲面のおかげで親和性が生まれているのです。