

今村:わりと早い段階で、ターゲットユーザーは「アメリカのキャンパスにいる大学生」と決まりました。ワイヤレスLANの普及率が100%近いだけに、SkypeをはじめとするIM(インスタント・メッセージング)が、身近に、カジュアルに楽しめる世界です。若者特有の「いつでも友達と繋がっていたい」というライフスタイルにも適していると思いました。
実はワイヤレスLANを前提にしたコミュニケーション・ツールには、以前から関心があったんですよ。注目していたのは、「プリ・コミュニケーション」。例えば誰かが目の前にいて、その人の状況を判断して「彼はいま起きている。暇そうだし声をかけても大丈夫だろう」と思う、そんな「コミュニケーションの一歩手前」の状態です。これが電話だったら、そうはいきませんよね。相手が眠っているかもしれないし、いつも相手の都合を気にかけないといけません。
ところが、IMなら誰がログインしているか一目瞭然。さらに今の状況や聴いている音楽なども相手に伝えることができます。彼はいま起きていて、こんな音楽を聴いている…「まだ寝ないとは、さては明日のレポートの準備か!?」「そんな音楽の趣味があったの?」。そのまま通話してもいいし、何もせず相手を身近に感じるだけでもかまいません。「プリ・コミュニケーション」は、こんな「ゆるさ」が魅力なんです。
数年前くらいからその可能性や面白さには着目していたのですが、常時接続などのインフラがないと、やはり難しかったんです。わざわざダイヤルアップで接続しなくちゃいけないとなれば、この手軽さは望めませんから。そこに、今回のプロジェクトです。「ワイヤレスLANが前提のモバイル機器」となれば、パソコンさえ必要さえない。私にとっても、“mylo”は長年のアイデアをカタチにするチャンスでした。
久保田:私が担当するUX(ユーザーエクスペリエンス)デザインとは、従来のユーザビリティという観点を使用感全般にまで拡張したデザイン分野です。どんな製品でも使い勝手の検証や評価は重要ですが、ともすればネガティブチェックで終わりがち。単に「使いやすさを確保する」のではなく、「より直感的に使える」「使っていて楽しくなる」ためにはどうすればいいか。商品開発の上流にさかのぼって、メニューの階層やGUI、操作の作法をデザインするのが私たちの仕事です。
理屈では正しいことも、UXデザインの観点では好ましくない、ということもあります。たとえば音楽を検索するとき、内部メモリーと外部メモリーがある場合、それぞれのフォルダがあり、いずれかを選択するのが理屈としては正しくなります。しかし、ユーザーにとって「聴きたい曲がどのメモリーに保存されているか」はどうでもいいことですよね。実際、“mylo”では、ユーザーが曲を探しやすいように構造を再編成して表示しています。もっと象徴的なのが「What’s Up」画面。これはSkypeとGoogleTalk、アドホックアプリケーションの統合インターフェースです。パソコンでは登録してある相手によって、それぞれにアプリケーションを立ち上げる必要がありますが、その煩わしさがありません。画面を開くと、登録してある相手の写真が一覧で表示され、IMの種類にかかわらず、ログインしている人を明るく点灯して教えてくれます。
田中:機能やインタラクションが新しいだけに、それをどうプロダクトデザインに反映させるか悩みました。通話やキー入力のしやすさを考えると、携帯電話やPDAのカタチが合理的ですが、それじゃまったく魅力が伝わりません。むしろ「これは何だろう」と思わせることはできないか。いろいろ自分でも試してみると、握ったり、通話したりするときに身体に触れるのは、主にプロダクトの端面であるとわかりました。ここに丸みを持たせ、アメリカの大学生にふさわしいカジュアルな路線でまとめたのが、円をふたつ組み合わせた“mylo”のデザインです。

当初から考えていた「光」の演出は、エッジの部分で表現しています。インフラストラクチャーモードではブルー、アドホックモードで機器間通信しているときはオレンジに点灯します。データの送受信中は点滅します。それも、データを「送っている」「受け取っている」ときで点滅の間隔や光量を変えるなど、コミュニケーションの状況が視覚的に伝わるようこだわりました。
さて、残る課題はキーボード面のカラーです。「果物をスパッと切ったときのように、外観とはまるで違う印象」というイメージはありましたが、さて、何色がベストなのか。いつもならプロダクトデザイナーの一存で決めるところですが、もっと合理性や説得力がほしいと思いました。そこで、ここもコミュニケーションデザインのプロの力を借りることにしたんです。