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キーワード:緑と水
取材:
社会を動かした、ソニーの緑化活動<前編>
| 1 | 取材:社会を動かした、ソニーの緑化活動 |
| 2 | 取材:”憩いの森”と”ソニーの公園” |

工場保有の森にアスレチック遊具が揃っているなど、誰が想像できようか。
そしてこのアスレチック遊具こそ、緑地を通じた環境コミュニケーションの第一歩となった。緑地評価システム『SEGES』の立ち上げに深く関わった、幸田テックの取り組みを関係者たちが振り返り、ソニーグループの今後の取り組みについて語る。
そしてこのアスレチック遊具こそ、緑地を通じた環境コミュニケーションの第一歩となった。緑地評価システム『SEGES』の立ち上げに深く関わった、幸田テックの取り組みを関係者たちが振り返り、ソニーグループの今後の取り組みについて語る。

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| ファシリティ管理の傍ら、30年近くにわたって緑地整備を進めてきた。もともと呼び出しの多いファシリティ担当だが、緑化によりさらに忙しくなった。しかし、楽しいらしい。 |
「人が入ることによって管理が必要になる。そのために緑地の整備も更に進む。それが、地域と一体性のある緑地を生むことになるんです」目標が明確であれば、進むべき道は自ずと見えてくる。
幸田テックは2005年から08年まで、都市緑化基金に
よる緑地の社会的・環境的貢献度の評価システム、『SEGES(シージェス=社会・環境貢献緑地評価システム)』で、最高ランクのExcellent Stage 3を維持している。実は幸田テックはSEGES創設に深く関わっており、ある意味、受賞はあたりまえと思われているかもしれない。しかし加賀は「非常に厳しいチェック項目があるし、他社にも素晴らしい事例が出てきています。まだまだやることはある」と、チャレンジャーであることを忘れていない。
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| インターリスク総研の前身、住友海上リスク総合研究所で、企業緑地にかかわる前はおもに土壌汚染による環境リスクの研究に携わっていた。 |
「すげぇな、なにコレ?って。工場の敷地内にアスレチックを作る発想自体が他にはない。地域の宝物ですよ」
2005年にSEGESができたことにより、幸田テックをはじめ数多くの企業が、非常にユニークな緑化活動をしていることがわかってきた。そもそも幸田テックの取り組みも、「社外はもちろん、ソニーグループ内でもあまり知られていなかった」と、原口はいう。知られざる取り組みに、光が当たりはじめた。
「SEGESの狙いは、まさにそこにあるんです」
光を当てることで緑化の重要性が増す。それは原口が目指していた「緑を通した環境コミュニケーション」の実現にも、つながる可能性があった。
1972年創業の幸田テックは、敷地内に高低差の大きい山があり、敷地面積のうち約30%が緑化以外に使い道のないような土地だった。そんな場所を、周囲の反対を押し切って購入したのは、ファウンダーの盛田昭夫だった。
「ヨーロッパでは緑に囲まれた工場があたりまえにある。これからはソニーも、地域と一体化したインダストリアルパーク(公園工場)を作るべきだ」
それが盛田の理想だった。
とはいえ、いきなりのインダストリアルパーク化はさすがに難しく、最初の10年間は造成で丸裸になった土地への植林に費やされた。この第一段階が終了する頃、加賀が緑地の担当者になった。この時に加賀は、「せっかくだからちょっと違うことをしようと思った」という。
「緑化活動とか地域のためとかっていいますけど、それよりも、何か自分しかできないようなことをやりたかった。普通に維持管理をしたんじゃ、おもしろくないじゃないですか」
加賀はまず、幸田テックの木の生育状況を調べた。木を1本1本見て回り、種類はもちろん太さや高さ、生育場所が一目で確認できる調査書を作った。計測本数は1,000本近くにもなった。これは移植の際に重要なデータになった。
幸田テックの緑地が地域の中でどういう位置づけになるのかも調査した。専門家にヒアリングしながらまとめた報告書は、後に原口たちが「社内でやることじゃない。コンサルタント会社がやることだ」と驚嘆する、詳細かつ高度な内容だった。
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| 創業当時は造成地の雰囲気そのままの工場だった。緑化は、第1段階では成長の早い樹種、第2段階以降は四季のある樹種を植林。現在は敷地面積の約42%が緑地になっている。 | ||
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幸田テックの緑化が評価され、受賞した賞の数々。写真左の内閣総理大臣賞は2000年に受賞。写真右手前はSEGES のExcellent Stage 3の盾。このほかにも通産大臣賞、愛知県知事賞など多数の受賞歴がある。 | |
「企業の持つ緑地は、消費者と企業との緩衝地帯にあたり、いわゆる“里山”の役割を果たしています。これがあることによって、お互いスムーズにコミュニケーションできるようになる。だからこの緑は、ソニーとして守っていく必要があるのです」
そんな加賀を後押しする現象もあった。周辺に松食い虫の被害が出て、テック保有の森でも多少、伐採の必要に迫られたことだ。
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原口が幸田テックに向かったのは、加賀がそんなことを思案していた頃だ。
1996年に日本でもISO14000シリーズがスタートし、環境が重要視される土壌ができつつあった。しかしその中に、緑化の概念は入っていなかった。原口は、これが不思議だった。
理由はすぐにわかった。日本で審査にかかわる専門家は製造業の専門家が多く、それ以外の部分にはまるで関心がなかったのだ。
それなら自分で動くしかない。調べてみると、欧米には“グランドワーク”という枠組があり、行政、市民、企業が一体となって、公園整備などの公共業務を担っていることがわかった。日本にはない発想だが、原口はリスク管理の実務体験から、緑を介し地域と一体化した環境コミュニケーションは、下振れリスクに対し重要な役割を果たすと信じていた。
そうして見つけたのが、幸田テックが緑化で通産大臣賞を受賞したというニュースだった。すぐに加賀に連絡をとった原口は、幸田テックの裏山に驚き、加賀の報告書に驚嘆したのだった。
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「いい取り組みを世の中に知ってもらうためには評価や格付けが必要だ」
といっても、そもそも“いい緑地”とはどんなものなのか、原口は、加賀のほか、大学教授、コンサルティング会社、ゼネコン、NPOらによる『進化する企業緑地研究会』を立ち上げ、既存の定義のない緑地の評価方法を探っていった。
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