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CO2をへらす

キーワード:グリーン電力

取材:
グリーン電力を調達せよ<後編>

 グリーン電力を調達せよ! ー 「グリーン電力証書システム」を生んだ男たち ー
日本に風力発電は向かない。
そんな業界の常識を覆すとともに、日本初のグリーン電力証書システムを成立させた男たちがいる。利用に道を開いた、グリーン電力証書開発の道のりを追う。
2001年、屏風ヶ浦に建った1本の風車、この1本が、その後の日本の風力発電を変えた
グリーン電力証書システム/会社構造

 会社設立後、証書の仕組みを作ると同時に日本自然エネルギーは風車の立地を塚脇に相談した。「ソニーに供給する第1号は塚脇さんが押さえた場所でやりましょう」と。
 塚脇は会社の将来に備え、風況のよい場所をいくつか考えていた。その中から選んだのが、銚子市の屏風ヶ浦だった。ところが正田の要請で日本自然エネルギーに出資したベンチャーの塚脇には、資金が乏しい。すでにその年度の補助金申請の締め切りも過ぎており、日本自然エネルギーに相談すると、「塚脇さんは補助金なしで国際的な建設コストに勝つんだって言ってるじゃないですか」と逆に諭される。背水の陣で挑戦したら、それまで25万円/kWだった建設コストが17万円/kWを切った。続けて塚脇が悩んだのは電気料金だった。それまで風力発電による電気は、電気事業者が11.5円/kWhで買い取っていた。しかし正田はもっと安くできるはずだという。そしてこれも趣旨に賛同した地元や建設業者の協力により吸収してしまった。こうして課題をクリアしながら走り続けた末、9月には風車を竣工。立地場所選定からわずか4カ月足らずという超スピードだった。
 塚脇はいま、「実際、この1本がその後の日本の風力発電を変えたんです」と、感慨深げに指摘する。11円/kWhでも厳しいといわれ続けた風力発電の電気料金は、数年後に8円台の入札になり、市場規模は急拡大した。明らかに屏風ヶ浦が引き金だった。塚脇はそれから7年で、国内に120本の大型風車を建設した。
 もっとも桑原と塚脇は、本当に大変だったのはこの時期の正田だったと感じている。資金調達といっても、銀行はグリーン電力のことなど知るわけもない。基準作りのため行政にも足を運んだが、民間同士でやってほしいという。そういう関係者への説明は正田が引き受けた。とはいえ桑原は、行政に頼らず独立独歩でやってきたからこそ、これほどの短期間に事業をスタートできたと考えている。
 ところで屏風ヶ浦の風車は、ソニーの『MY風車』である。通常のグリーン電力証書ではどこで発電したのか特定することは出来ない。しかし桑原は、「ソニーはこの風車の電気を使っているんだっていうことを明確にしたかった」ため、日本自然エネルギーとともに、1本すべてを引き受ける「MY風車」制度を作った。同じ思いは塚脇にもあった。塚脇は「1本目にはソニーのロゴをつけたかった」といい、本来は自社ロゴを入れるナセル(機械部のカバー)を真っ白なままにしていた。さすがにソニー製ではないものにロゴはつけられず、今でもナセルは白いままになっている。世界でも珍しい白いままのナセルの風車がグリーン電力証書の出発点だ。


2001年に千葉県銚子・屏風ヶ浦に建設された風力発電所の建設風景。この風車がシステム採用の第一号となる。 屏風ヶ浦の風力発電所が完成した際に記念に作られた盾。
左から「グリーン電力発電電力量認証証明書」「設備認定書」「グリーン電力証書」すべて初めて発行された記念すべき第一号。

 桑原は昨年、グリーン電力の使用量を一気に増やした。今後はバイオマス発電など、直接的な地域とのつながりが生まれるような発電方法も増やしていく方針だ。今では行政もグリーン電力証書に大きな興味を示しているが、「当時とは隔世の感がある」と笑う。そんなグリーン電力証書の今後についてはこんなふうに考えている。「この価値が世の中に伝わっていくといいですね。ソニー単独では限りがあるので、私たちの活動が呼び水になって拡大してくれれば、発案者冥利につきますよ」

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