日本の科学技術の向上と産業の発展への寄与を目的として、大正8年に制定された全国発明表彰。歴史ある本表彰の平成23年度受賞対象が決まり、ソニー コアデバイス開発本部の柏木俊行、古木基裕らによる「ブルーレイディスクの基本構造と製法の発明」が「恩賜発明賞」を受賞した。全国発明表彰の中でも最も優れていると認められた発明に贈られる「恩賜発明賞」をソニーが受賞するのは、昭和54年(1979年)の「カラーテレビジョン信号磁気記録再生用の信号変換方式の発明」以来だ。90年代前半からこの発明に取り組んだ柏木と古木に、発明の経緯、さらに量産化や全世界に普及させるまでの道のりについて聞いた。
今回の恩賜発明賞は、高精細のハイビジョン映像を光ディスクに記録するための規格としてまとめられた、ブルーレイディスク方式のディスク構造における基本特許に対して贈られたもの。まさにブルーレイディスクの根幹となる発明の一つだ。この発明の本格的な実験試作に入ったのは94年。当時の時代背景を知れば、その取り組みがいかに“未知の領域”への挑戦であったかが分かるだろう。
古木 「94年当時はまだ“光ディスクといえばコンパクトディスク(CD)”という時代でした。私が入社したのも94年ですが、世はまさに“次世代ディスク”であったDVD規格競争の真っ只中。「CD→DVD→ハイビジョンディスク」というロードマップは技術者の誰もが描いていたと思いますが、その時点でDVDのさらに次を見据えた光ディスクの開発に実際に取り組んでいた技術者は、それほど多くなかったのではないでしょうか」

その内の一人が柏木だった。CDの生産が開始された82年に入社。以来、光ディスク一筋で歩んできた柏木は、DVDの次の世代となるディスクの重要性を承知し、その基本構造についてさまざまな可能性を探っていたという。

柏木 「2000年のハイビジョン放送開始に向けて、それを録画する光ディスクの開発は必須でした。私たちは『ハイビジョン放送を2時間録画できるディスク』を目標としましたが、そのためにはDVDの5倍である25GBの容量が必要となります。となると、ディスクの光源はCDやDVDで使われていた従来の赤色レーザーより短波長の青色レーザー(青紫色レーザー)を使いたい。93年には実用青色発光ダイオードの発明が発表されていましたから、DVDに代わる次世代ディスクに青色レーザーを採用することは皆考えていたと思います。問題は、青色レーザーの焦点をいかに正確に結ぶかという点でした」
光ディスクの大容量化を実現させるには3つのポイントをクリアする必要があった。まずは従来の赤色レーザーより短波長の青色レーザーを用いること。これは、レーザー光の波長が短いほど小さなスポットに光を絞り込むことができ、より高密度なデータを記録できるからだ。また、従来以上に光を絞り込むべく、高開口数の対物レンズも欠かせない。こうして光スポット面積をDVDの約1/5にすることで、DVDの4.7GBの約5倍にあたる25GBもの大容量記録が可能となる。ただ、DVDの約5倍もの高密度データとなると、ディスクの構造そのものを進化させなければ正確な記録・再生は難しい。そこで考え出されたのが、ディスク表面でレーザー光が透過する「カバー層」の厚さを0.1mmと、DVDの約1/6にまで薄くすることだった。
古木 「DVDの基本構造は、記録層を挟んで0.6mmのディスク2枚を貼り合わせて1.2mmにしています。対して、新たなディスクでは、同じ1.2mmでも1.1mmの基板上に記録層を形成し、0.1mmのカバー層を被せるという構造をめざしました。これは0.1mmまで薄くすることで、生産時のディスクの反りや傾きに対し、スポットの歪みやピンボケを抑えることができるからです。」

柏木 「カバー層を0.1mmにするという発想自体を思いついても、実際に選択する者はおそらくいなかったでしょう。光透過層を0.1mmにする技術がいかに難しいかを、当時の光ディスク関係者の誰もが知っていたからです。でも、0.6mmと青色レーザーの組み合わせでは容量が上がらないし、将来の多層化も難しい。来るべきハイビジョン時代に向け、0.1mmのカバー層はぜひともクリアしなければならない課題だったのです」
“0.1mm”を実現させるためには、カバー層をどのように形成するかについて、さまざまな可能性を探っていかなければならない。近い将来の製品化や量産化も視野に入れながら試作を繰り返し、たどり着いたのが『裏面記録再生』と『スピンコート法』によるカバー層の形成という2つの発見だった。

古木 「まずポリカーボネイト樹脂を射出成形して基板を作り、レーザー光を反射させるための反射膜を付ける。ここまではCDなどと同じ工程ですが、ブルーレイでは発想を転換させ、従来とは逆となるディスクの裏面にカバー層を形成、レーザー光をカバー層側から当てる『裏面記録再生』としました。レーザーは反射膜越しにデータを読み書きするわけですから、反射膜が記録層に刻まれた細かい溝を忠実に反映していなければ、正確なデータを読み取れなくなってしまう。非常に薄い膜をつけてデータをそのままなぞれるようにするまでは、何度も改良を重ねました」

柏木 「カバー層を0.1mmと決めたものの、たとえば金型に高温の樹脂を流し入れて、固めた後に型から外すという射出成形法では薄すぎて不可能。そこで、採用したのが『スピンコート法』です。これは、紫外線硬化樹脂をたらしたディスクを高速回転させることで余計な樹脂を振り切り、0.1mmの薄さまで広げる。そして最後に紫外線を照射して固めるという方法です。でも、このスピンコート法は本来、半導体などで数μm(ミクロン)の成膜に用いられていた技術であり、0.1mm=100μmの厚膜を均一に成形するのはまさに至難の業であったため、試行錯誤を繰り返しましたね」


樹脂が均一に広がるまで、試行錯誤を繰り返した。
03年のブルーレイディスク発売当初は、開発の早さからスピンコート法による樹脂塗布ではなく、0.1mmの粘着フィルムを貼り付けるシート法が採用されていたという。
古木 「ブルーレイディスク発売当初は厚み精度が安定しているシート法が採用されましたが、この方法はディスク形に切り抜くことで材料に余りが出たり、接着などの工程も増えるなど、コストの問題が存在していました。対して紫外線硬化樹脂のスピンコート法は、部分的な再生信号の性能はよく、振り切った樹脂の再利用や、似たような従来の塗布設備が利用できるなどのメリットが想定できていましたが、当時は適切な材料が存在せず、硬化後のディスクの反りが非常に大きかったりと、膜厚均一塗布プロセスの完成に時間を要していました。
ブルーレイディスク製品化・量産化に向けての開発が進む中、02年頃から始まったDVDの次となる次世代大容量光ディスクの規格争いは激しさを増していった。従来のカバー層0.6mmを踏襲した対抗陣営に対し、大容量というメリットを生かすためにも“0.1mm”は譲れない数字となった。
柏木 「0.1mmの難しさは、結局のところ製造技術に行きつきます。手間暇をかければ作ることはできる。問題は量産化できるか、つまり質の高いものをいかにスピーディーに大量につくれるか。本音をいえば、すごく難しい作業だと思っていましたが、ブルーレイディスクを“日本発世界標準”とするためには何がなんでもやり遂げようという使命感を強く持っていました」
開発の一方、柏木は米国の映画会社やDVDの製造会社を頻繁に訪れ、講演やプレゼンテーションを通してブルーレイディスクの性能や可能性を説いた。またディスクや装置の不具合があれば欧米の工場に直接出向き、サポートを申し出た。
柏木 「エンジニアは技術に対してとてもフェアですから、最初は0.1mmに懐疑的でも、同じエンジニアの私が技術の裏付けをもとに『絶対にできる』と説き、『何があってもサポートするから』と念押しすることで、ブルーレイディスクを支持してくれるようになりました」
“ミスター光ディスク”といっても過言ではない柏木の、光ディスクにおける技術的バックグラウンドと根気強い説得は、「ブルーレイを世界標準に」という合言葉のもと惜しみなく発揮され、08年規格競争終結の一助となったのだった。

海外でブルーレイディスクの講演を行い、性能や可能性を説明した。
今回、恩賜発明賞を受賞した発明は、その後ブルーレイ規格として標準化され、ハイビジョン録画媒体、映画音楽ソフト、ゲームなどを通じて全世界に普及。世界20カ国で特許登録され、2010年には世界で6億4千万枚が生産された。その数は、今この瞬間にも増え続けている。また、本発明の応用により4層128GBもの大容量をもつブルーレイディスクが規格化されるなど「多層化のためにも0.1mmは必須」という開発チームの構想は今や現実のものとなった。

古木 「この特許自体は非常にシンプルなものなんです。若いエンジニアの方などは複雑な技術にフォーカスが行きやすいと思いますが、特許と産業育成の観点からすれば、シンプルで開発や製造の肝となる、いわば“ど真ん中”の発明のほうが無限の可能性がある。このようなプロジェクトに入社1年目から携われたことは非常にラッキーでした。現在は光ディスクが持つ多くの技術を応用し、ライフエレクトロニクス領域の仕事をしています。特にフローサイトメーターという細胞解析分取装置においては、レーザー光学、サーボ技術、微細加工、成形技術など、光ディスクで培ってきた技術を利用することで、ソニーならではの優位性を示すことが可能です。新規領域ですが、臆することなく挑戦していきたいと思っています。」
柏木 「ブルーレイディスクは、私にとっては子どものようなものです。毎日見ていると子どもの成長はなかなか分からないけれど、他の人から見たら立派な大人になっている。自分自身ではなかなか実感が沸かなかったのですが、全世界で6億枚以上生産されたと聞き、また今回、こうしたすばらしい賞をいただいたことで、改めてブルーレイの成長や進化を実感し、長く関われていることに喜びを感じます。この賞はレコーダーやドライブ、ディスクの生産、工場、販売店、BD戦略など、ソニーの全社的な総合力に与えられたもの。そして何より、磁気記録に始まるソニーのストレージ技術の蓄積があってこその発明であったと私は思っています」
2011/06/20
ソニーとソニーDADCが、「全国発明表彰」の最高位である「恩賜発明賞」を受賞