SONY

聞かせて先輩!
後輩記者のTakeaway
音で周囲を視る。
耳をふさがないヘッドホンが実現する、
"直感的"な音声ナビゲーションとは?

三木晴子さんと田中光謙さんがベンチに座って話している

リング型ドライバーユニット搭載し耳をふさがない構造で、周囲の音も取り込める。そんな完全ワイヤレスヘッドホン『LinkBuds(リンクバッズ)』が、株式会社コンピュータサイエンス研究所が開発する視覚障がい者向けの歩行支援アプリ「Eye Navi(アイナビ)」とコラボレーションし、新しい音声案内の形を生み出そうとしています。

「LinkBudsの特性を生かせば、Eye Naviをもっと使いやすくできるかもしれない」
「最新テクノロジーの力で、誰もが外出を楽しめる世界を実現したい」

熱い想いを胸に、新たなチャレンジに挑む開発者たち。その舞台裏に迫るべく、「LinkBuds × Eye Navi」プロジェクトのソニー側のリーダーを務めた田中光謙さんに、若手エンジニアの三木晴子さんがインタビューしました。

三木晴子さんのプロフィール写真

私がインタビューします!

三木晴子さん

ソニー株式会社技術センター ソフトウェア技術第1部門 5部

2022年入社。モバイル端末のAndroid Platform開発に携わる傍ら、 音楽系の新規事業などにもチャレンジ中。お酒を飲みながら人と喋ること、音楽ライブで爆音と歌詞に体を揺らすことが好き。

田中光謙さんのプロフィール写真

お話を伺ったのは…

田中光謙さん

ソニー株式会社 共創戦略推進部門 パーソナルエンタテインメント商品企画部

ウォークマン/ヘッドホン/マイクなどパーソナルオーディオの商品企画を担当。 最近は特にクリエイター向け、ハイエンドオーディオ、アクセシビリティ対応に注力。休日は子供と一緒に映画・遊園地・ピアノ練習など。音楽・動画制作にもトライ。

「LinkBuds × Eye Navi」の運命的な出会い

女性がスマートフォンを掲げていてEyeNaviアプリの画面が見える
株式会社コンピュータサイエンス研究所が開発する視覚障がい者向けの歩行支援アプリ「Eye Navi(アイナビ)」

三木:田中さん、はじめまして。2022年に新卒でソニーに入社した三木と申します。「LinkBuds × Eye Navi」、いよいよ正式リリースですね!さっそくですが、このコラボレーションが始まった経緯を教えてください。

三木晴子さんが話を聞いている様子

田中:『LinkBuds』が発売されたのが2022年の2月。その年の10月に、ソニーとして初めて「日本ライトハウス展」に出展したことがきっかけでした。このイベントは目が見えない・見えにくいロービジョンの方に役立つ機器や情報を紹介する西日本最大規模のイベントで、ソニーもアクセシビリティに配慮したプロダクトをいくつか展示しました。

このとき偶然にも、となりが「Eye Navi」を開発したコンピュータサイエンス研究所さんのブースだったんです。「Eye Navi」のプロジェクトマネージャーである髙田将平さんが『LinkBuds』を体験してくださって、「視覚に障がいがある方が『Eye Navi』アプリで音声ナビゲーションを聞くヘッドホンとして、『LinkBuds』はぴったりだ」と。

三木:『LinkBuds』のオープンな構造が、音声アナウンスと外の環境音を同時に聞き取りたい視覚障がい者のニーズに合っていたんですね。

田中:そうなんです。『LinkBuds』の大きな特徴として、リング型ドライバーユニットという独自の構造を採用しています。装着する部分に穴が開いており、耳をふさがないので、まわりの音を直接聞くことができるわけですね。

視覚障がい者の方にとって、周囲の音は非常に重要な情報です。一人で外出するときは、白杖から得られる触覚情報と、車の音や人の足音、ガヤガヤしたお店のざわめきといった聴覚情報を一つひとつ分析しながら移動されています。位置を特定するためには、微かな残響音や反射音も聞き取る必要があるということで、『LinkBuds』の構造が利用シーンに非常にマッチしていると。「ぜひ連携しましょう」という話が盛り上がり、共同研究開発がスタートしました。

黒と白のLinkBudsがケースの蓋が開いた状態で並んでいる

三木:「Eye Navi」さんの本社は福岡県北九州市なんですね。少し距離がありますが、協業は大変ではなかったですか?

田中:それがとてもスムーズでした。「Eye Navi」開発チームの皆さんは少数精鋭で、ユーザーのためになるものはパッと判断して実装されます。エンジニア同士の会話で技術的なフィードバックをすると、素晴らしいスピード感と柔軟性で対応してくださるんです。

『LinkBuds』はユーザーの装着状態に合わせて立体音響を最適化する機能があり、通常はソニーの「Headphones Connect」というアプリで設定します。しかし、視覚に障がいがある方が2つのアプリ(Eye NaviとHeadphones Connect)を行き来するのは大変かもしれない──。ソニー側がそう提案しサポートしたところ、「Eye Navi」アプリで一貫して設定できるように開発してくださったことにも感謝しています。

映像:インクルーシブデザインソリューションズさんのリードユーザー、浅野絵菜さんが実際にEye NaviとLinkBudsを連携させて使用した様子がこちら

ソニー独自の立体音響技術を生かした直感的ナビゲーション

三木:この取材の前に、私も「LinkBuds × Eye Navi」を使ってみました。iPhoneを背面のカメラが前を向くように首から下げて、「Eye Navi」アプリに目的地を入力すると、GPS(位置情報)を使って「20m先、左方向です…」と、リアルタイムに音声で案内してくれる。進む方向に何かあると、対象物の方向から「街路樹」、「人」と聞こえてきます。まわりの音も聞こえるし、人と喋りながら使えるから、歩いていてすごく楽しかったです。

三木晴子さんがスマートフォンが入ったポーチを首からかけている
このように、Eye Navi専用ネックポーチに携帯端末を入れて、周囲情報を読み取らせます。

そういえば「横断歩道」というアナウンスが左から聞こえてきたときに、わざと向きを変えて横断歩道に近づいてみたんです。すると速攻で、真正面から「横断歩道」という声がして。精度の高さに「わぁ、これか!」って声が出ちゃいました(笑)。

三木晴子さんと田中光謙さんがベンチに座って話している

田中:それは『LinkBuds』の立体音響と、スマホのカメラによる障害物検出機能によるものですね。カメラの方向を進行方向と捉えて、それに対して対象物が位置する方向から情報が読み上げられる。『LinkBuds』の特徴である立体音響技術によって、より直感的でわかりやすい音声ナビゲーションになっていると思います。

田中光謙さんが手を使って説明している

三木:確かに、体験して強く感じたのは、「人って立体的に音を聞くことができるんだ!」という驚きでした。というのも、最初はスマホのモノラルスピーカーで音を出していたんですけど、「正面に人」「左に街路樹」といった音声アナウンスが矢継ぎ早にくるので、情報量の多さに圧倒されてしまったんです。

ところが『LinkBuds』に接続した瞬間、「人」とか「街路樹」といった必要最小限の情報に絞られて、しかも障害物がある方向から聞こえてくる。立体音響の『LinkBuds』で聞くからこそ、即座にその場の状況が理解できるんだなと。あらためて人間の能力の凄さ、それによる体験の広がりに感動しました。

田中:このプロジェクトでは、当事者の方たちに実際にプロトタイプを何度も試して頂いたり、アクセシビリティ関連の展示会に出展した際に来場される多くの当事者の方たちからフィードバックを頂きながら開発を進めてきました。

特に難しかったのが、立体音響技術をどう使うかという点です。立体的に音を再生するというと、一般的には映画や音楽を聞くシーンを思い浮かべますよね。でも今回は、360度、どの方向から人の声(音声案内)が聞こえてくるのかを正確に把握させるという、ちょっと特殊な立体音響技術の使い方になっています。

そんなときに頼もしかったのが、視覚に障がいがあるソニーのエンジニア・鈴木淳也さんの存在です。淳也さんによく言われたのが、「フロントバックコンフュージョン(前と後ろの定位を勘違いしてしまうこと)が起きないように」ということ。声が右から聞こえてくるか、左から聞こえてくるかは音量バランスを変えることで比較的シンプルな表現になるのですが、前後の位置関係はそうはいきません。

三木晴子さんと田中光謙さんがベンチに座って話している

そこで「Eye Navi」開発チームと合同で、その場で淳也さんのフィードバックをもらいながら徹底的に聞こえ方を調整しました。淳也さんはオーディオ技術開発を専門とされるエンジニアなので、「後ろの音ならこういう処理をすれば方向感が出る」といったアドバイスもくれる。まさに当事者ユーザーなので、よりリアルでわかりやすい音声案内を追求することができたと思います。

誰かを想ってつくった製品が、インクルーシブな未来を拓く

田中:ソニーのアクセシビリティの考え方として、「インクルーシブな未来に向けて、誰もが自分らしく、そして感動を分かち合える世界を目指す」という理念があります。障がいの有無に関わらず体験価値を提供できるよう、クリエイティビティとテクノロジーを追求していく。これは、これまでアクセシビリティに関わってきた私たちの信念でもあります。

以前に開発したシニア向けの「首かけ集音器(SMR-10)」は、2017年に発売したのですが、今でも親御さんへプレゼントとして購入された方々から「人生が変わったみたい」、「音楽コンサートが楽しめるようになった」といった感想が親御さんからあったというような感動的なレビューをいただくことがあります。集音器らしくないスタイリッシュなデザインも、使い始めるときの心理的ハードルが低いと好評なんです。

首かけ集音器(SMR-10)の商品写真
首かけ集音器(SMR-10)

こうしたプロダクトはシニアの方に限らず、小さな音、遠くの音をクリアに聞けるようになるという一般的な価値を持っています。発話者側から見ても、大きな声を出さずに済むという双方のコミュニケーションの壁が低くなるわけです。今回の「Eye Navi」さんとの連携の例でいうと、将来的には晴眼者の方がナビ機能を使うときに、スマホの画面を見ることなく音声案内で安全に歩けるとか、そんな可能性も広がりますよね。

三木:私も「LinkBuds × Eye Navi」を体験させていただいたとき、なんだかすごく楽しくて。この技術はエンタメにも拡張できるのではないかと思ったんです。誰かの不便をなくすためにつくった製品がみんなのものになって、どんどん楽しい方向に向かっていくことを想像したら、すごくワクワクしました。私もそんな仕事ができるように頑張りたいです。

ソニーは「感動を創り出すクリエイターに近づく」という考えを持っていますが、そのためにはクリエイターになりたいと思える環境づくりが大事。クリエイティビティを発揮したいと思ったとき、誰もがそれを発揮できる環境を用意できたら、クリエイターが増えるわけですよね。

三木晴子さんと田中光謙さんがベンチに座って話している

田中:まさに仰る通りで、あらゆる人に楽しんでいただける体験になると理想的ですね。実は今、白杖を使った歩行をサポートする提案「外出時歩行支援プロジェクト」にも関わらせてもらっています。目がみえにくい方に『LinkBuds』をつけてもらい、白杖に障害物を検知するセンサーを装着して、白杖では届かない範囲の障害物を音で知らせるというものです。これも例えば将来、後ろの障害物をセンシングできるようになれば、電気自動車が静かに近づいてくるときも通知できるでしょうし、もっと安全かつ楽しい街歩きが実現できるはずです。

そういった意味で、 音声UI・UXをはじめとするアクセシビリティ技術の可能性は計り知れません。 日進月歩の先進分野にいるからこそ、自社技術にこだわらず良いものをどんどん取り入れて、オープンに研究開発を進めることが大切だと感じています。

白杖を持っている男性
CEATEC 2023に出展した外出時歩行支援プロジェクトのプロトタイプ

誰もが「散歩」を楽しめる世界へ。「LinkBuds × Eye Navi」が描く未来

田中さんと三木さんの対談の後、あらためて株式会社コンピュータサイエンス研究所の髙田将平さんにオンラインで取材することができました。

高田将平のプロフィール写真

髙田将平さん

株式会社コンピュータサイエンス研究所 営業企画・企画開発 統括部長

福岡出身。アイルランドへの留学、起業経験、インドでIT企業の就業など多様なバックグラウンドを持つ。2015年より株式会社コンピュータサイエンス研究所に参画。営業、企画、開発、広報、総務、人事など幅広く担う。視覚障がい者歩行支援アプリ「Eye Navi」では、国の支援事業の統括及びプロジェクトマネージャーを担当。誰もがどこへでも自由に楽しく移動できる社会の実現を全力で目指している。

高田:私たちが「Eye Navi」の開発をスタートしたのは8年前。きっかけは、弊社の代表が以前勤めていた地図会社時代に構想していた、盲導犬の代わりになるロボットの開発プロジェクトでした。当時はAI技術がここまで発達しておらず、またGPS等の機器も非常に高価で実現が難しかったそうですが、その後のIT技術の向上とiPhoneの普及により、アプリでの実現可能性が見えてきたのです。そこで国の助成金などを活用しながら、「誰もがどこへでも自由に楽しく移動できる社会」の実現を目指し、2023年4月に視覚障がい者歩行支援アプリ「Eye Navi」をローンチしました。

髙田将平さんがスマートフォンを掲げ白杖を持った男性に肩を貸している

今も忘れられないのは、開発を手伝ってくれた全盲の方の言葉です。アプリのトップ画面の「お散歩」というボタンに気付いて、「私たち、お散歩ってしたことないんですよ」とおっしゃったんです。目的のために移動することはあっても、散歩するという発想がなかった。それが「Eye Navi」でできるとしたら、すごく嬉しいと……。

ある展示会で、大学生の息子さんが視覚障がい者だというお母様が「引きこもりがちだった息子が『Eye Navi』を使うようになってから外出が増えた。この間は一人で音楽のライブに行って、『すごく良かった! 次はお母さんも一緒に行こう』と言ってくれた」と、涙ながらに話していかれたこともあります。目的ではなく楽しみのために出かけられるというのは、本当に素晴らしいことなんだと気付かされました。

そんななかでソニーさんの『LinkBuds』を「日本ライトハウス展」で拝見して、「Eye Navi」と相性が良さそうだと直感したんです。以前から視覚障がいがあるモニターの方に「どんなイヤホンがお勧めですか?」と聞かれることがよくありましたが、「お好みのもので」としか回答できなくて。耳をふさがない『LinkBuds』なら、きっと快適に「Eye Navi」を使えるはずだと考えました。

協業の話がまとまって、田中さんから「北九州まで伺っていいでしょうか」と言われたときは嬉しかったですね。しかも10人ほどの大所帯でいらっしゃって、ほぼ半日かけてブレストするという(笑)。刺激的なお話ばかりでしたし、これからどんな開発が始まるのだろうかとワクワクしたことを覚えています。

『LinkBuds』との連携で、これからより多くの方に「Eye Navi」を活用していただけるのではないかと期待しています。視覚障がい者だけでなく、高齢者や言葉の壁で不安を感じている外国人の方など、移動にハードルを感じている方はまだまだ大勢いらっしゃいます。今後はグローバルな展開も視野に入れて、「LinkBuds × Eye Navi」をさらに進化させ、誰もが街歩きを楽しめる世界を実現できたら嬉しいですね。

髙田将平さんとLinkBudsを装着しようとする男性

後輩社員のTakeaway

・UXの追求と技術の力によって、人の能力はもっと輝く

立体音響技術を活用した「LinkBuds × Eye Navi」は、聴覚で情報を得ている視覚に障がいがある方々の協力を得て、聴覚を最大限に生かす革新的な体験を実現しました。田中さんがおっしゃっていたように、このプロジェクトにおけるUXの追求、そしてそれを実現する技術の徹底的な追求は、障がいの有無に関わらず、あらゆる人の体験を進化させる可能性を秘めています。私もこの経験を通じて、人の能力の可能性を常に模索し、新たな体験を追求し続けるエンジニアを目指したいと感じました。

・「人」に近づき、「人」に愛される製品をつくる

ライフワークの一つとしてアクセシビリティに向き合ってきたという田中さん。その信念の背景には、“「人」に近づく”という意識が常にあるような気がしました。目が見えにくい人のために「Eye Navi」を開発する人、開発に携わるソニーの人。どのような人が何に困っていて、何を必要としているのか。ソニーとしてどのようなチームを組み、何を目指せば、その人たちを笑顔にできるのか──。人に愛される製品を生み出すには、顧客像を明確にし、自分とは異なる顧客の声に直接耳を傾け、寄り添い理解する努力が欠かせません。田中さんから学んだこの姿勢を大切にしながら、「人」のニーズに寄り添った製品開発に取り組んでいきたいと思います。

・自身の足でチャンスをつかみ、チャレンジに繋げる。分野を超えて拡げていく

ソニーでは様々な部署でアクセシビリティに関する検討を重ねていますが、部署やプロジェクトによって取り組む内容は異なりますし、当事者である方々は会社の外にも存在しています。本プロジェクトのように、それらの境界を超えて、それぞれの可能性を結びつけることができるのは、田中さんのように「自身の足でチャンスをつかみ、進んでいく人」だと思いました。何より、これまでのご経験をお話しくださる田中さんの目はとても輝いていて、日々の活動を心から楽しんでいるご様子でした。私も様々なことに挑戦し、経験を積んで新たな価値を創造できるよう、分野を超えたチャレンジを楽しんでいきたいです。

三木晴子さんと田中光謙さんがベンチに座りカメラに向かってLinkBudsを見せている

※ LinkBudsとEye Naviアプリの連携に関するソフトウェアアップデートの情報はこちら

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