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ソニーイメージングギャラリー 銀座

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ソニーイメージングギャラリー
展覧会経験者に訊く。
作品展から繋がる、広がる世界

Vol.4 井上浩輝さん

ソニーイメージングギャラリーでの展覧会経験者である写真家たちが、展覧会にどんな想いを込め、そして何が⾃分の糧となったか、当時を振り返っていただいた。

第4回は、詩的な情景のなかに浮かび上がるキタキツネの写真で、新しいネイチャー表現を切り開いた井上浩輝さん。SNSと展覧会では、喜ばれる写真がまったく違うという。井上さんが展覧会を開催する意義とは、何なんのか。2018年3月、ソニーイメージングギャラリーにて作品展「ふゆのきつね」を開催した理由から、そこで得られた気づき、交流、活動の広がりなどを聞いた。

A Wild Fox Chase #01

井上さんがはじめに取り組んでいたのは、デジタル時代ならではの風景写真だったという。

井上「2012年、司法試験をあきらめて北海道に戻り、北海道最高峰の旭岳の麓に拠点を据えて北海道内の風景を撮りはじめたのですが、当時、道内を撮影する写真家の諸先輩たちの表現は写真集やプリントがメインだったのか、インターネット上では高画質のものを見かけることがほとんどできませんでした。そのような中、今後はインターネットの速度向上はもちろん、高精細ディスプレイが普及してきて、これからはディスプレイでも鑑賞することが増えるはずで、その第一波になる者になろうと考え、Facebookに投稿できる画像の最大幅、横幅2048ピクセルで毎日写真をアップしていきました」

井上さんが「2048ピクセルの勝負」と呼ぶ、このディスプレイ上の表現に特化したアプローチは、徐々に注目を集めていった。

井上「デジタル写真ではHDR(ハイダイナミックレンジ)が流行っていた頃で、さらには海外の写真に特化したSNSでは高画質で作品を見せ合うのが当たり前になってきている時流がありました。その流れの中で、新しい北海道の表現を展開したいと思ったのです。写そうとしている画がファインダーの中で見えているミラーレスカメラ、Adobe LightroomやPhotoshopを駆使しながら表現を楽しく模索していました」

デジタルならではの表現の面白さにのめり込んでいき、2014年末には「東京カメラ部」10選に選ばれ、順調に仕事も増えて、活動の幅も広がっていった。だが、それと同時に、風景をテーマにした写真に限界を感じるようにもなったという。

井上「得意としていた風景や飛行機の写真は、諸先輩の写真家の方々だけでなく、ライバルもたくさんいる。新しいテーマが必要だろうということで、気になりはじめていたキタキツネに焦点を絞りました。新しいテーマで成功するための近道は、やはり、被写体に恋をして、徹底的に追いかけることでしょう。当時の最新機種ソニーα7RⅡに清水の舞台から飛び降りる気持ちで買い換えて間もなく、2匹のキタキツネが追いかけっこしているのを見かけました。“どうしても撮りたい”、“どうしたら美しい風景とキツネという最高の写真が撮れるだろうか”と。そこで、キタキツネについて、ありとあらゆる本にあたり、学術論文も読んでキタキツネたちに近づくための情報を集めました。各大学が論文をネット上にアーカイブする仕組みを作りはじめていたこともあり、“ac.jp” を入れて検索することによって、研究者による詳細なデータにアクセスすることができるようになったことは、とてもありがたかったです」

弁護士を目指し、ロースクールで学んだ学術的な経験が、ここで活きてきた。井上さんの抒情性に満ちた表現は、緻密なリサーチに裏打ちされたものでもあるのだ。

井上「『National Geographic(ナショナルジオグラフィック)』誌の写真投稿サイトに、キタキツネの写真をたくさん投稿していたら、世界各国からインタビューのオファーをいただくなど、大きな反響がありました。2016年には、同誌『TRAVEL PHOTOGRAPHER OF THE YEAR 2016』ネイチャー部門で、日本人初の1位を獲得することもできました。この写真は、何日間も追いかけっこするキタキツネを撮り続けたなか、最高のチャンスだと思った1枚です。新しい機械を買ったことで、新たな面白い機会が生まれた。 “キタキツネの写真の人” になった手応えを感じました」

[ Wherever you go, I will follow you!! ] - Featured by NATIONAL GEOGRAPHIC
Travel Photographer of the Year 2016 Nature First Prize
Daily Dozen, Mar 16, 2016
Photo of the Day, March 28, 2016

多くの人と写真の”ビハインド・ストーリー”を共有する楽しさ

ちょうどその時期に、アウトドアショップや地域のアートシーンとして有名な喫茶店などで、写真を展示する機会が訪れる。電子媒体で作品を見せてきた井上さんにとっては、はじめてプリントで作品を見せる経験でもあった。

井上「来場いただいた方々がよろこばれている顔を見ることができること、言い換えると、プリントを見てもらえるよろこびを体感することができる。これが、すごく楽しいということに気づきました。そうなると、より多くの人が来てくれる会場、より大きなプリントを展示できる会場でやってみたくなる。それにふさわしい場所ってどこだろうと考えた時に、ソニーイメージングギャラリーはうってつけの場所でした。憧れの場所でもあるし、自分にはまだ早いかもしれないと思いましたが、応募だけでもしてみようとチャレンジしてみました」

東京・銀座の中心でもある、銀座四丁目交差点というロケーションということもあり、ソニーイメージングギャラリーは、日本人だけでなく、世界から東京を訪れたツーリストが立ち寄ってくれる。

井上「審査を通り、展示した箱の空気を共有できる楽しみに期待が膨らんだのをよく覚えています。実際の展覧会は、それ以上の体験となりました。とりわけ楽しかったのが、ギャラリートークでした。ものすごい数の方が集まってくれて、写真展の会場を練り歩きながら、作品一点一点の前でお話しをしたのですが、みなさん目をキラキラさせて聞いてくださって。海外の方も参加されていて、一緒に雰囲気を楽しんでくださっているのがわかりました」

井上浩輝 作品展「ふゆのきつね」(ソニーイメージングギャラリー・2018年)

大きなサイズのプリント14点で構成した展示では、プリントのクオリティにも、とことんこだわった。

井上「プリントというモノに仕上げていくのなら、現代アートの取引の対象となる写真でありたいという目標があったので、銀塩プロセスでプリントしました。インクジェットだと見えすぎてしまう場合もありますしね。キタキツネの毛がシャキシャキに描写されるより、ふんわりと描写されていた方がいいと思ってのことでした。パネル仕上げにしたソニーイメージングギャラリーでの展示と同時に、銀座の別のギャラリーで作品販売のための額装仕上げの展示をしたのですが、売り切れになるエディションもあり、こちらにも手応えを感じました。同時開催の相乗効果も大きかったと思います」

展覧会風景(左から):メグミオガタギャラリー(2018年)、あさご芸術の森美術館(2020年)、東川文化ギャラリー(2021年)

井上「キタキツネの写真は、車で通りかかって、たまたまそこにいたから撮ったという写真ではないのです。特別な丘があって、そこにあらわれるキタキツネを撮ろうとするなら、1週間に一度か二度、5時間も6時間もそこで待ってみようということになる。ほとんどは空振りすることになるのだけれど、時々、キタキツネがあらわれてくれるわけです。それを待っている間に、丘ではいろいろなことが起きる。別のキタキツネが来て、あいつがまた来たなとか、あいつとあいつが何かしないかなとか。やつらのドラマが見えてくる。そうした、ビハインド・ストーリー、写真の背景にある話を共有できるのも、展覧会の楽しいところです」

展覧会での発見が、新たな表現や次のステップへと繋がる

SNSなどウェブ上で喜ばれる写真と、プリントとして大きく引き伸ばした時に喜ばれる写真は全然違うと、井上さんはいう。

井上「キタキツネの写真でいうと、動物の顔が大きければ大きいほど、小さなディスプレイで見られることが多いSNSでは評価が高くなる傾向がある。一方で、風景の中にぽつんとキタキツネがいる添景の写真はSNS上ではあまり反響がない印象です。ところが、この写真を大きくプリントして展示した時には、これがよかったとおっしゃる方が多くなる。プリントに近づいたり遠ざかったりという空間の中で、それぞれの体験による発見があるのでしょう。展示をするというのは、インターネット上とは違う尺度の新しい世界を経験できる機会でもあると思います。透過光のディスプレイで映える仕上げと、反射光のプリントならではの階調の美しさは、まったく違うように思います。SNSでの方法論をそのまま持ち込むと、キツい経験をすることになるかもしれません」

A Wild Fox Chase - in solid color evening

4K対応液晶テレビのBRAVIA(ブラビア)など、映像展示のための機材が用意されているのも、ソニーイメージングギャラリーの特徴だ。

井上「どういう環境で撮影しているのか何となくわかるよう、雪が降っている夜の映像も会場で上映していたのですが、そこにキタキツネがいたらもっと興味を持ってもらえたのにと思いました。来場した方は動いているキタキツネも見たいはずなので、そうした映像も揃えていかないと訴求力が弱い。正直、失敗したなと反省したのですが、これが次の展開に繋がっていきました。いつか映像を求められる日が来ると確信できたので、写真と同時に4K動画も撮影するようになりました。予想どおり映像の需要が増えていったので、コロナ禍も動画の仕事で何とか乗り切れました」

このように、ソニーイメージングギャラリーでの展示は、井上さんにとって、大きな転機にもなっていった。具体的には、どのようなタイミングで作品展公募にチャレンジすればいいのか。井上さんは、こう語る。

井上「たとえば30枚の極上の写真がたまった時が、ひとつのタイミングになるのかもしれません。サイズにもよりますが、展示できる目安は30枚ほどでしょう。とはいえ30枚で十分かというと、そうではない。極上の30枚の背後には素敵な300枚があるはずです。さらに、職業写真家としてデビューしたいのであれば、興味を持ってくれた人に会場で見せることができるよう、別ジャンルの極上の30枚も必要になる。普段の写真展はもちろん、そうした準備をした時に、ソニーイメージングギャラリーという場所は最高の効果を生んでくれるのだと思います。なかなか周到な準備はできないかもしれませんが、ちょっと足りないくらいでも応募してみることで、お尻に火がついていいかもしれないですね(笑)」

展覧会は、開催して終わるものではない。そこで開催したということが、写真家としてのキャリアになっていくのだ。

井上「正面を向いているキタキツネ、添景のキタキツネは、自分のブランディングとして意識的に繰り返し見せていきたいイメージです。作風がコモディティ化した時に、オリジナルの人が井上だという印象を持ってもらえたら幸いと思っています。ソニーイメージングギャラリーのウェブサイトに、展覧会の情報とともに展示した主要作品の画像をずっとアーカイブで見られるようになっているので、検索されるたびに、そのイメージが繰り返し表示されることになる。英語のページもあるので、世界中の人に情報が届く。こう考えると、ソニーイメージングギャラリーは、ありとあらゆる条件が整っているギャラリーなのだと思います」

インタビュアー:上野 修
写真:鹿野貴司
制作:合同会社PCT

井上浩輝(いのうえ・ひろき)

1979年北海道札幌⽣まれ。⾵景写真の撮影をする中、キタキツネを中⼼に動物がいる美しい⾵景を追いかけるようになり、⽶誌『National Geographic』の「TRAVEL PHOTOGRAPHER OF THE YEAR 2016」のネイチャー部⾨において、⽇本⼈初の1位を獲得。写真は国内のみならず海外の広告などでも使⽤され、近時はAIR DOなどの企業と提携しながら撮影。活動は毎⽇放送「情熱⼤陸」やTBS「⾦スマ」などで紹介された。2019年には、代表作「Fox Chase」のプリントが英国フィリップスのオークションにおいて27,500ポンドで競落されている。早稲⽥⼤学⾮常勤講師。
現在、兵庫県朝来市・あさご芸術の森美術館にて「井上浩輝・TAKASHI写真展 ~大自然に流れる『時』の中での出会い~」(会期:2023年3月11日~5月7日)を開催中。

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Twitter : @northern_Inoue