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1966年、ソニービル誕生
  • 1966年、ソニービル誕生

  • ソニーの“電光広告看板”がひときわ目立つ数寄屋橋交差点(1958年)
 ソニービルがオープンしたのは1966年4月。以来40年、この銀座を代表するランドマークは、ソニーの情報発信基地として、人々のコミュニティースポットとして親しまれてきた。2006年6月のリニューアルでは「ハイビジョンのソニー」を全面的に打ち出し、ソニーが創り出すハイビジョンの世界をアピールしている。

 さて、銀座への玄関口とも言われる数寄屋橋であるが、40年前のソニービルの登場は、その風景、人の流れを一変させた。今回はそれを実感してもらうため、あえてソニービルが建つ前の数寄屋橋の写真を紹介する。この数寄屋橋とソニーとの関係は古く、1957年にソニーの“電光広告看板”を設置したのがそもそもの始まり。2年後には20坪足らずのショールームもオープンした。いわばソニービルの前身である。好立地がゆえに客足は伸び、製品群も年々増える。そのためやがて手狭になってきた。

 そこで、「この銀座・数寄屋橋の一角を永久に確保し、同地から生まれる多くの面での効果を永続的に得たいと考え、土地の買収にあたった結果、土地所有者の方々のご了解を得て、707平方メートルの土地を入手することができ、ここにソニービルを建設することになったのであります」(ソニービルの発表文より)。かくして当時副社長だった盛田の陣頭指揮のもとソニービルは誕生し、現在に至るのであるが、オープンにあたってはこんなエピソードもある。同ビル内にオープンする3つの店の店名を社員から募集したのである。7階のイタリア式レストラン(現在のサバティーニ・ディ・フィレンツェ)、地下2階の純アメリカ式ドラッグストア(現在のソニープラザ)、1階のコーヒーショップ(現在のパブ・カーディナル)。残念ながら該当作はなかったが、ソニービルをまず社員に身近に感じてもらおうという粋な計らいであった。

  • 現在のソニービル

  • 1965年、建築中のソニービル
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