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トランジスタの生みの親、ソニーへ
  • トランジスタの生みの親、ソニーへ

  • 1959年、ウォルター・ブラッテン博士来社。“わが子”の成長ぶりを見る博士のやさしい表情が印象的。左は岩間。この年、トランジスタテレビの開発を開始している
 岩間和夫——ソニーの4代目社長。その岩間が社長在任のまま亡くなって今年で25年になる。岩間といえば何といってもトランジスタである。
そのトランジスタは、米ベル研究所のブラッテン、ショックレー、バーディーンの3博士によって発明され、1948年世に公表された。4年後、親会社であるウエスタン・エレクトリック(WE)社がその特許を公開すると発表した。「トランジスタを使ってラジオをつくってみよう」——この未知のデバイスに可能性を見た創業者の井深はそう決断すると、さっそくWE社と契約を交わした。しかし、この契約はトランジスタの特許は公開してくれるものの、実際の開発・製造はソニーが独力でやらなくてはならないというものだった。

1954年、井深の決断を受け、当時35歳でトランジスタ開発のプロジェクトリーダーに自ら志願した岩間(当時取締役)は、トランジスタ研究のために渡米。WE社のトランジスタ工場を見学、製造に関する詳細なレポート(「岩間レポート」と呼ばれる)を作成し、東京の本社に送り続けた。そして1955年、苦労の末にソニーは日本初のトランジスタラジオを完成。その後、ゲルマニウムからシリコンへ、ラジオからテレビへと、トランジスタの可能性を大きく切り拓いていった。

 のちにそのソニーへ、件のブラッテン、ショックレー、バーディーンの3博士が訪れている。トランジスタの生みの親にその成長ぶりを見てもらえることは、ソニーにとってさぞ大きな励みになったことだろう。とりわけ、ブラッテン、ショックレーの両博士に最新の研究成果を直接見届けてもらうことができた岩間の心中はいかばかりであったろうか。90年に来社したバーディーン博士は、「半導体の歴史は長いが、今後まだまだエキサイティングなことが待ち受けている。ソニーがトランジスタを応用し、これまで数々の製品を世に送り出してくれたことにたいへん感謝している」と謝意を述べた。まさに、これは立派な“親孝行”とは言えまいか。

  • 1963年、ウィリアム・ショックレー博士来社。
    顕微鏡を覗く博士の後ろで岩間がちょっと得意気?
    前年にマイクロテレビを発売。

  • 1990年、ジョン・バーディーン博士来社。井深と談笑。共に1908年生まれ。
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