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2011年10月03日

標識物質なしに細胞を分析・採取する新技術を開発

〜 独自の電子計測技術によって、種類の異なるがん細胞の識別を実現 〜

ソニー株式会社
東京医科歯科大学
科学技術振興機構(JST)


 JST研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)の一環として、ソニー株式会社と東京医科歯科大学は、細胞の電気的性質の違いを利用して、個々の細胞を標識物質なしに識別する技術を世界で初めて開発しました。
 近年、再生医療や病気における細胞の変質などを研究するため、個々の細胞について分析・採取を行う重要性が高まっています。例えば、再生医療の実現には、幹細胞とその他の細胞を正確に選り分けることが不可欠です。また、がんなどの病気のしくみを解明するために、正常な細胞が変質する過程を詳細に研究する必要があります。個々の細胞を分析するには、従来からフローサイトメーターという装置が用いられており、ソニーでも開発・販売しています。この装置では、蛍光色素などの標識物質で色分けした細胞を高精度・高速に分析し、必要な細胞だけを採取できます。しかし、色分けできる試薬がない細胞の種類も多く、そのような細胞を分析・採取したいというニーズもあり、個々の細胞のインピーダンス※1を分析して細胞を区別する装置が開発され始めています。しかし従来の技術では、インピーダンスを分析できる周波数が2種類に限られているため、細胞の大きさや密度の情報しか得られませんでした。
 ソニーは、一つの細胞が検出器を通過する1,000分の1秒という短時間に、そのインピーダンスを16種類の周波数で同時に分析することを可能としました。さらに、細胞が流れるマイクロ流路チップ※2の流路構造と電極配置を最適化し、大幅なノイズ成分の除去を実現しました。これにより、個々の細胞のインピーダンスから計算された誘電スペクトル※3を分析すれば、細胞膜や細胞内部の電気的性質の違いや、それらの変化などの情報を得られます。
 今回、東京医科歯科大学の水谷修紀教授らと共同で、2種類のがんの培養細胞を、誘電スペクトルの違いだけで識別することに成功しました。
 また、分析した細胞を結果に応じて仕分け、採取するため、流路に電場をかけて細胞の流れる方向を制御する技術も開発しました。これは京都大学の中部主敬教授らと共同で、電場の中を流れる細胞の動きを正確にシミュレーションする技術を開発し、流路上の電極構造等について最適化を行った成果です。
 将来的には、これらの成果を基に、再生医学や免疫学等のライフサイエンス研究分野において、標識物質を用いることなく様々な細胞を分析・仕分け・採取し、それらを必要に応じて活用可能とすることが期待されます。
 本成果は、2011年10月2日(米国太平洋時間)から米国シアトルで開催される国際会議「μTAS 2011」で発表します。また、装置のプロトタイプは、10月5日(日本時間)からパシフィコ横浜で開催される「Bio Japan 2011」で展示します。

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名
: 研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)機器開発タイプ
開発課題名
: 誘電スペクトロサイトメーターの開発
チームリーダー
: 大森 真二(ソニー(株)先端マテリアル研究所ライフサイエンス研究部)
開発期間
: 平成21年〜24年(予定)
担当開発総括
: 伏見 譲(埼玉大学総合研究機構特任教授)
JSTはこのプログラムの機器開発タイプで、最先端の研究ニーズに応えられるような計測分析・機器およびその周辺システムの開発を行うことを目的としています。

背景

 近年、医学・生物学分野では、再生医学、細胞治療、遺伝子診断などの実現を目指して、最先端の研究が進められています。細胞や遺伝子をもとにした研究や診断を行うには、細胞を分析して得られる情報が重要です。医学や生物学の研究現場で従来から使用されている細胞分析装置の一つに、フローサイトメーターがあります。これは、細い流路を流れる細胞にレーザー光を当て、蛍光色素で色を付けた細胞を高速に分析する装置です。この方法では、分析する細胞の種類に応じてあらかじめ色素で標識する必要があり、細胞をそのままの状態で分析・採取することができませんでした。
 ソニーでは、蛍光色素等の標識物質なしで個々の細胞を分析し、電気的性質の違いに応じて採取する医療研究用途の分析技術の開発を目指し、2009年からJST研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)にて東京医科歯科大学の開発チームと共同で誘電スペクトロサイトメーターという新しい分析装置の開発を行っています(図1、2参照)。

開発の内容と成果

◇インピーダンス分析器とマイクロ流路チップの開発

 本開発では、個々の細胞のインピーダンスを多点周波数で測定することで、世界で初めて単一細胞の誘電スペクトルを分析することに成功しました。各細胞から得られる誘電スペクトルを基に、異なる2種類のがん細胞が識別できます(図3参照)。
 この成果は、下記に示す二つの独自技術の組み合わせにより実現したものです。


1. 多点周波数のインピーダンスの同時測定・分析の実現

 従来技術では、細胞が検出器を通過する1,000分の1秒もの短時間に、細胞1個について最大2種類の周波数でしかインピーダンスを分析できませんでした。今回、独自の分析器を開発し、最大16種類の周波数でのインピーダンスを同時にかつ高速・高精度で測定・分析することを可能にしました。これにより、従来法で得られる細胞の大きさと密度に関する情報に加えて、細胞の電気的性質(細胞を包む膜や細胞内部の性質)の違いや変化などに関する情報が得られます。


2. マイクロ流路構造と電極配置の最適化

 従来技術では、細胞溶液に含まれるイオンからの信号が大きいために、細胞の誘電率を正確に計算することができませんでした。今回、イオンからの信号を抑え、細胞の誘電率の決定精度を高めるようにマイクロ流路チップの検出器の構造と電極配置を最適化しました(図2参照)。


◇プロトタイプの製作

 上述の超高速インピーダンス分析器と、マイクロ流路チップ中に電極を組み込んだ検出器の開発を行い、全自動分析装置のプロトタイプを製作しました(図4参照)。今回開発したマイクロ流路チップは、電子機器回路用のフレキシブル基板を応用したフィルムを用いています。本チップは、回路基板の製造プロセスを利用して、安く大量に製造することを目指しています。チップの単価を安くして使い捨てにすることで、試料による汚染等の問題を回避することも可能と考えています(図2参照)。
 本プロトタイプは、パシフィコ横浜で開催される「Bio Japan2011」(10月5〜7日)のJSTブースにて展示される予定です。


◇新規細胞仕分け機構(セルソーター)の開発

 各種細胞の電気的性質の違いや変化に応じて、細胞を1個ずつ仕分けるための技術も開発しています(図1参照)。ある特定の細胞が通過したら、電圧を加えて細胞の動きを変え、流れる方向を制御するという技術です。このセルソーターの設計には、流路の構造、液の流れ、電極から発生する電気力と熱等の様々な要因を考慮したシミュレーションを行う必要があります。
 ソニーでは、京都大学の中部主敬教授らとの共同研究によって、細胞の動きを精度よく予測できるシミュレーターを開発し、計算結果が実験とよく一致することを確認しました(図4参照)。これにより、検出器とセルソーターを1個のマイクロ流路チップ上に統合する設計が実現しました(図2参照)。

今後の展開

 今後は、細胞の分析機能と仕分け機能を統合した新たなプロトタイプ(2号機)の完成を目指します。この装置は、標識物質なしに生きたままの細胞を分析し、必要な細胞だけを仕分けることができるという利点を活かすことで、低コストの細胞検査、あるいは再生医学、免疫学等を含む幅広い分野の医学・生物学研究に応用できると考えられます。
 本開発では、装置を開発するソニーの拠点を、プログラムへの参画機関である東京医科歯科大学内のオープンラボに設けることで、緊密な産学・医工連携体制を構築しました。 この体制の中で、装置を開発するだけでなく、誘電スペクトロサイトメーターならではの応用事例を探索しています。さらに、評価実験の結果を積極的に公開し、装置の応用に関する専門家からの意見を幅広く募り、開発に反映させていきます。

参考図



図1 誘電スペクトロサイトメーターの原理


 種類の異なる細胞を含む溶液を流路に流し、2個の電極の間を通過する細胞の誘電スペクトルを、インピーダンス分析器(図中「AC」と記した部分)で分析します。分析結果にもとづいて、必要な細胞か不要な細胞か判定され、別々の場所に仕分けられます(図中「ソーター」右側の分岐した部分)。



図2 細胞分析機能(アナライザー)と仕分け機能(ソーター)を一体化したマイクロ流路チップ


 髪の毛と同じくらい、あるいはそれより細い流路を組み合わせて、細胞の通り道を作っています。流路の途中に細胞のインピーダンスを測定する検出器(2個の電極)を設けています。検出器の後ろ側には、細胞を仕分けるための電極があります。細胞の種類ごとに、AあるいはBに流れます。
 電子機器回路用のフレキシブル基板のための材料と製造プロセスを利用することで、安価に大量生産できるので、測定のたびに使い捨てにすることができます。



図3 種類の違うがん細胞の識別

(A)
典型的な細胞の誘電スペクトルを示します。誘電スペクトルは、変化の大きさや変化が起こる周波数等のパラメーターで特徴づけられます。個々の細胞の誘電スペクトルからこれらのパラメーターを抽出し、その分布を分析することによって、種類の違う細胞を識別することができます。
(B)
種類の違うがん細胞(赤と青で表示)の2個のパラメーターの分布を示しています。
(C)
スペクトルの変化の大きさの分布を示すヒストグラムを示しています。細胞の種類によって、分布が異なることが分かります。


図4 細胞仕分け機構(ソーター)を設計するためのシミュレーター

(A)
流路中を流れる細胞に対して、仕分け用の電極から発生する電気力が加わって細胞が動いている様子をカメラで撮影したものです。
(B)
細胞の動きをカメラで測ったデータを、シミュレーションの結果と比較したグラフです。実際の細胞の動きがシミュレーションではよく再現できていることが分かります。


図5 誘電スペクトロサイトメーターのプロトタイプの外観写真

用語説明

※1:インピーダンス

交流電圧(特定の周波数で周期的に変化する電圧)を物質に加え、流れる電流を測定し、電圧を電流で割って得られる量をインピーダンスといいます。直流電圧の場合、電気抵抗ともいいますが、交流電圧の場合、インピーダンスと呼ばれることが多いので、文中でもそのようにしました。誘電率はインピーダンスから計算できます。


※2:マイクロ流路チップ

髪の毛と同じくらい、あるいはそれより細い管路を組み合わせて、その中で極微量の物質を反応させたり、分析したりする部品をマイクロ流路チップといいます。


※3:誘電スペクトル

電場中に物質を置くと、電気力によって正負両電荷が分離し、または移動します。物質の誘電率は、電荷の分離あるいは移動しやすさを表します。低周波から高周波までの広い周波数範囲にわたって測定すると、誘電率はいろいろな変化をします。測定周波数に依存したこの変化を誘電スペクトルと呼びます。細胞の誘電スペクトルは、いわば細胞の「個性」のひとつであり、細胞の大きさ、構造、細胞を構成する成分の電気的性質などによって決まります。

発表名

会議名

The 15th International Conference on Miniaturized Systems for Chemistry and Life Sciences (μTAS 2011)


発表演題(2件)

“Single cell dielectric spectroscopy in a micro-channel”
「マイクロ流路中での単一細胞の誘電スペクトル」(ソニーと東京医科歯科大学の共著)


“Numerical model for microparticle and lymphocyte motions in dielectrophoretic manipulation device”
「誘電泳動デバイス中での微小粒子と白血球の運動に対する数理モデル」(京都大学とソニーの共著)

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