イベントレポート

コミュニケーション・
ディレクター
佐藤 尚之氏
講演会レポート

ソニーデザインでは、多様な業界の第一線で活躍されている方をお招きしてお話を伺い、学びを得る活動を行っています。
今回は、数々の企業のコミュニケーション開発を手がけている佐藤 尚之氏をお招きしました。ファンを大切にし、ファンをベースにして
中長期的に売上や事業価値を上げていく佐藤氏の考えは、デザイン戦略はもとより、ソニーのビジネス全体に対しても示唆に富むものでした。
2020年12月にオンラインで開催された講演の内容をダイジェストで紹介します。

佐藤 尚之/さとう なおゆき 株式会社 ツナグ 代表取締役 / 株式会社4th 代表取締役 / 株式会社 ファンベースカンパニー 会長。1961年東京生まれ。1985年、株式会社 電通入社。コピーライター、CM プランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し、株式会社 ツナグ設立。本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

企業に「ファンベース」
という新たな考え方を

私は長年、マスメディアからネットメディアまで幅広い媒体を使って、企業のコミュニケーション戦略全体を設計する仕事を続けてきました。そのなかで新規顧客の獲得を目指し、さまざまなアプローチを考えてきたわけですが、近年、既存顧客であるファンこそが大事なのではないかと痛感しています。このファンを定義すると「企業やブランド、商品が大切にしている『価値』を支持している人」。ソニーでいえば、商品やサービスはもとより、創業のストーリーやパーパス、カルチャー、社会貢献を含めて支持してくれている人です。

このようなファンは、他社から機能的により良い商品が出たとしても、簡単には離れません。ただそれゆえ、これまで企業は「ファン=黙っていても買ってくれる人」と捉え、コミュニケーション戦略のターゲットにすることはあまりありませんでした。しかし、時代や社会が大きく変わった今、私は企業が中長期的に成長するためには、このファンをコミュニケーション戦略のベースに考える「ファンベース」が非常に重要だと考えています。

ファンベースが重要な3つの理由その1:
ファンは売上の大半を
占めている

ここからはなぜファンベースが重要なのかを話していきます。まず皆さんに知ってほしいのは「20:80の法則」と呼ばれる「パレートの法則」。これはある経済学者が発見した全顧客の上位20%が売上の80%の売上を支えている”いう理論です。実際にさまざまな業界にヒアリングしたところ、某酒類メーカーでは20%の顧客が80%の売上を占め、某プロサッカーチームでは20%のサポーターが売上の80%を支え、さらに某新聞社では上位20%の契約者が売上の80%を占めていることがわかりました。この法則は、おそらくソニー商品にも当てはまると思います。

このように売上の大半を支えているのは、20%のファンなのです。いままで企業は、買ってもらえるかわからない新規顧客に向けて大金を投じてキャンペーンを打ってきたわけですが、すでにファンになっている人々こそ売上を支える大黒柱。彼らを大切にし「ファンであり続けてもらうこと」が収益の安定化に直結するのです。さらに、ファンの満足度が向上すれば、ライフタイムバリュー(LTV)も上がり、例えば、ソニー商品のファンがソニー生命にも加入するといったクロスセルも起こるようになります。

※ ライフタイムバリューとは顧客生涯価値のこと。一人の顧客がライフタイムを通じて企業にもたらすトータルなバリューのことです。

ファンベースが重要な3つの理由その2:
時代的にファンが
より重要になっていく

これから日本は、時代的に新規顧客の獲得がどんどん難しくなります。今後、急激な少子化によって30年間で3000万人が減少し、市場自体が縮小するとともに、人生100年時代というウルトラ高齢化社会が到来し、多くの人々は先行きに不安を感じて消費を控え始めていきます。若い世代をみると、新商品がでてもネットで疑似体験ができてしまうため、物欲が減少していると言われています。

一方、企業側から見ると、これほど商品を伝える”とが困難な時代はありません。ある調査では、世の中に流れている情報量は2010年の時点で「世界中の砂浜の砂の数(1ゼタバイト)」より多く、2020年には35ゼタバイトに到達すると予測。いま企業が伝えたい情報は「砂の一粒」よりも小さな存在になり、生活者にほぼ届かないと思った方がよいでしょう。そんな中、情報が唯一届くのが、ファンです。例えば、ソニーファンはソニーが世に出す商品やサービスを逐一チェックしてネットで検索して自分から情報をとりにいきます。新規顧客の獲得が難しく、情報過多となった現在だからこそ、そのようなファンをベースに施策を考えることこそ本筋だと思うのです。

ファンベースが重要な3つの理由その3:
ファンが新たなファンを
作ってくれる

ファンベースによる中長期施策を考えつつも、新規顧客の獲得をあきらめるわけではありません。その突破口になるのが、ファンによる口コミです。まず下記の調査をご覧ください。日本人の多くが最も信用できる情報源として挙げたのが、家族や友人でした。昔から類は友を呼ぶといいますが、情報が溢れかえる時代だからこそ、人は「似た者同士の類友”勧める商品は自分のセンスにも合うだろう」と安心して選んでいるのです。例えば、どのメーカーのテレビを購入するか迷っているとき、類友から「自分も好きなソニーのテレビがおすすめだよ」と言われたら、その意見が強力な後押しとなって購入に至ることも多いと思います。このようにファンが新規顧客を獲得してくれるのです。

ここで「でも類友は少ないよね、それで効果が上がるの?」と思われるかもしれませんが、少数からでも素早く大きく広がっていきます。人には、家族や親友などの強いつながりの友人が15〜50人、趣味仲間などの弱いつながりの友人が150〜500人いると言われています。例えば、たった100人のソニーファンが仮に150人の友人に自分が好きな商品を勧めると、15000人に伝わります。しかも、熱意を持って勧めてくれるのです。さらに、その15000人にもそれぞれ150人の友人がいて、その中のわずか3%の方が伝えてくれたとしても82500人に伝わるのです。それを数回繰り返すだけで、すぐに数百万人に到達します。つまりファンベースには侮れない伝播力があるということです。

出典:エデルマン トラストバロメーター

ファンの支持を強くする
3つのアプローチ

それではこの先、ファンの支持を得るために何をすればいいのでしょうか。1つ目は自社の「イイトコロ」を伸ばすことです。これまでのコミュニケーション戦略では、ファンではない「その他80%の顧客」をターゲットにしており、彼らに合わせることで自社の「イイトコロ」が少しずつズレてしまい、結果ファンが「あの企業は変わったな」と逃げてしまうことが多々ありました。ファンベース施策を考える際は、上位20%のファンのことだけを考え、もっと熱狂的に好きになってもらうように自社の「イイトコロ」を見定め、いまいるファンのファン度を上げるのが先決です。

2つ目は「情緒価値+未来価値」の創出です。現代のような超成熟市場では、機能価値は簡単にコピーされ、陳腐化してしまいます。しかし、「ソニーが好きだ」といった情緒価値は決してコピーできません。そのために商品企画のストーリーや技術開発の姿勢、デザインの哲学などをファンにアピールし、共感・愛着・信頼といった情緒を醸成していくことがとても大事です。さらに今後、重要になってくるのは「未来価値」。社会貢献などを伝え「ソニーは世の中を良くしてくれる」という期待がファンの中に芽生えれば、商品を買うことが応援という行為に変わっていきます。

3つ目は「支持基盤」を固めることです。改めて言いますが、80%の売上を支えているのは20%のファンなのです。将来の市場縮小を見据え、強い企業体質になるために、このファン(支持者)をベース(基盤)に戦略を練っていくことが不可欠です。さらに、ファンを大切にするほど、ファンのLTV(すなわち売上)も徐々に上がるとともに、さらに周りの類友に勧めてくれるため、ファンの数も少しずつ増えていきます。それを続けることで、支持基盤自体もどんどん底上げされていきます。今後は、こうしたファンベースの中長期施策をもとに、新規顧客向けのキャンペーンなどを組み合わせた全体戦略が有効になると思います。

ファンベースはどこから
始めればいいか

ファンベース施策を始めるには、まず自社の「イイトコロ」「情緒価値」「支持されているポイント」、つまりは「ファンのツボ」をしっかりと見定めることがポイントです。それらは企業側ではなく、ファンが知っているのです。ただ一般的なアンケート調査やグループインタビューでは、私の経験上、平均的な意見しかでてきません。おすすめなのが、ファンミーティングです。序盤はありきたりな会話が展開されますが、徐々に打ち解け「あの商品の開発ストーリー知っている?」など濃い会話になり、ファンが感じている本質的な部分が明確化されていきます。そこで得られたファンのツボが、ファンベース施策の一歩目になるのです。これからも先行きの見えない時代が続くことが予想されますが、皆さんのビジネスにおいて、ぜひファンベースという考えを少しでも役立ていただければと思います。