Design Research ソニーにおける
「デザインリサーチ」
の考え方

技術や社会が急速に進展し、人々の行動や常識を塗り替えていく前例なき時代。
変化の兆しをいち早く捉え、未来へ向けて新たな価値を生み出すために、
ソニーは「デザインリサーチ」と呼ばれるメソッドの実践に取り組んでいます。
ビジネス領域でもデザインの視点や発想が大きな注目を集めるなか、
ソニーにおける、デザインリサーチの方法論をご紹介します。

ビジネスにいま、
デザインの視点”
求められる理由

いま、いわゆるデザイン分野に限らず、幅広い領域でデザインの視点”をビジネスに取り入れる動きが活発化しています。その大きな要因のひとつが、情報化社会の進展。デザインの価値が製品の形”を超え、情報やコミュニケーション、サービス、システムなどの目に見えない仕組みとともに広がり、生活を取り巻くあらゆる局面へ浸透したことが挙げられます。

その一方で、社会の多様化や情報技術の進展は、さまざまな要素が複雑に絡み合って変容し続ける、「VUCA」※1と呼ばれる時代状況を生み出しました。流動化が進むなか、これまでに培われてきたビジネス的価値観の多くが曲がり角を迎え、突破口につながる新たな事業領域の創出やイノベーションの必要性に直面しています。こうした状況に適応するため、かつてない発想や仕組みなどのまだ世の中にない価値”を切り拓くデザインの方法論に、大きな関心が寄せられているのです。

※1「VUCA」…技術の進歩や社会情勢の流動化などを背景に、既存の方法論では対処や予測が難しい状況を表すビジネス用語。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字の組み合わせによる。

前例なきビジョンを
拓くための
「デザインリサーチ」

そのなかで新たな注目を集めているのが、「デザインリサーチ」と呼ばれる手法です。いままさに国内外のデザインファームやデザインスクールを中心に実践や理論化が進められている現在進行形のアプローチであり、明確な定義はまだありません。にもかかわらず、関心が高まっている理由とは何でしょうか。ここではソニーの視点から、デザインリサーチと呼ばれる考え方の必要性や手法としての特徴などをひも解いていきます。

ソニーのデザイン部門であるクリエイティブセンターの使命の一つは、デザインの視点をとおしてソニーの目指すべき道筋を可視化し、その先に現れる未来のストーリーを紡いでいくこと。しかし、未来とはいうまでもなく、まだ誰も見たことのない世界。あらゆる領域で不確実性が高まるなか、もはや従来の経験に基づく方法論では、これまでにないビジョンを切り拓くことはできません。

まだ世の中にないプロダクトやサービス、イノベーティブな仕組みや考え方自体を創り出すには、どうすればいいか。デザインリサーチはこうした問い”を立て、ヒントを探すところからスタートします。この点が、従来のビジネスで活用されてきたリサーチとの、最も大きな違いです。

例えばマーケティングリサーチ(市場調査)は基本的に、前提となる技術やアイデア、それに基づく仮説や統計的なデータなどが存在する段階で、その有効性を検証するために実施されます。それに対してデザインリサーチはより初期の段階、アイデアやスキームにつながるヒントを見つけ出すところから始まり、得られた知見を実践的な落としどころに向けてデザインしていく段階までを含む概念だといえるでしょう。

マーケティングリサーチと
デザインリサーチとの違い

これ以外にも、マーケティングリサーチとデザインリサーチには対照的なポイントが数多く見られます。例えばマーケティングリサーチの場合、既存のアイデアや仮説が有効かどうかを調べるには、対象となるターゲット層をあらかじめ想定し、客観的にアプローチする姿勢が必要です。定量的なリサーチが求められる以上、しばしば統計学的な調査や分析のノウハウを持つ外部の職能によって実施され、当時者へインプットされるケースが多くを占めます。

一方でデザインリサーチは、まだ確証のない状態のなかから、観察や洞察によってアイデアのヒントを導いていく行為です。アイデアを着想する当事者自身がユーザーや生活者の目線に立って実際に物事を体験するなかで、自らの気付きを元に新たな問いを立て、手がかりを見つけ出すという、主観的な作業が求められます。これは、デザインリサーチの実践法の一つに位置付けられる「デザイン思考」とも共通する姿勢ともいえます。データによる知見を最大公約数的に解釈するのではなく、共感や理解に基づき一定のテーマを深掘りしていく定性的なリサーチである点も特徴的です。

じつは、このように世の中の潮流や人々の動向を観察・理解し、そこで得た洞察をインスピレーション源とする方法は、デザイナーの職能の根幹をなす部分として、長らく重視されてきたアプローチでもあります。デザインリサーチとは、以前からデザイナーによって行われてきたこの手法をさらに発展させ、より幅広い局面で活用するために発展してきた考え方ともいえるでしょう。

リサーチ”にとどまらず、
未来を紡ぐための
デザイン手法

さらに、デザインリサーチの重要な特徴として挙げられるのが、その範囲がいわゆるリサーチ”だけにとどまらない点です。

デザインとは目の前の状況に対し、よりよい未来を切り拓く行為を意味します。それは私たちが直面している問題を解決するための、実践的な行動でなければなりません。だからこそ、問題解決に携わる当事者自身が現場へ赴いてフィールドリサーチを行ったり、エスノグラフィ※2やデプス・インタビューなどの手法を駆使したりすることで、定量的なリサーチではつかみにくい人々の心情や感覚を、身をもって理解する姿勢が大切なのです。

また、洞察を深掘りするにあたっては、トレンドリサーチや先行研究事例の参照、研究者や有識者のインタビューなども大きな効果を発揮します。クリエイティブセンターでも、社会学や心理学、文化人類学、哲学をはじめ、多領域の知識に基づく議論や分析を行っていますが、これらはいずれも人間を理解するための学術分野です。
自らの学びや体験をとおして人間の本質に対する理解を深め、そこで得た気付きを元に、よりよい未来につながる道筋をデザインすること。それは、人間社会が向かうべきストーリーを具現化していくための、主体的な方法論ともいえるかもしれません。

※2 エスノグラフィ…文化人類学において、異文化の中へ実際に身を置き、そこに生きる人々の行動や考え方、文化的な文脈などを総合的に理解する手法。近年はビジネス領域において、生活者を理解するための調査手法(行動観察調査)として活用される。

ソニーにおける
デザインリサーチ事例

こうした考え方のもと、クリエイティブセンターではさまざまな手法で、デザインリサーチの実践と活用に取り組んできました。

その一つが、最新の社会情勢や人々の意識動向を読み解くことで、ソニーが向かうべき未来のストーリーを紡ぎ出すプロジェクト「DESIGN VISION」。デザイナー自身が世界各地でフィールドリサーチやインタビューなどを行い、それぞれの洞察を元にクリエイティブセンター内でワークショップを実施。その成果を年次レポート「DESIGN VISION Insight」として1冊にまとめ、ソニーグループ社内での発信と共有を行っています。

また、プロダクトの印象や価値を大きく左右する「CMF(Color/色、Material/素材、Finish/加工)」の領域で、今後のデザインの方向性を導き出す「CMFフレームワーク」プロジェクトも、デザインリサーチの活用例の一つといえるでしょう。

ほかにも、次世代の映画撮影用カメラ「VENICE」の開発プロジェクトをはじめ、さまざまなプロダクトやサービス事例ごとにデザインリサーチを導入。新たな視点を切り拓きつつ、デザインと価値の創出に取り組んでいます。

これまでもソニー クリエイティブセンターは、デザインが社会に果たすべき役割を見据え、
デザイナー自らが主体的に未来を紡ぎ出す活動に取り組んできました。
こうして培ってきた独自のデザインリサーチの方法論やプロセスを体系化することによって、デザインが持つ
問題解決の効能をさらなる領域へと広げながら、よりよい未来のために貢献していきたいと考えています。