Perspectives vol.11
中津箒職人 吉田慎司さんとの対話を通じて得た学び

つくり手に寄り添うことで広がる
「モノづくり」の可能性

ソニーのデザイナーが、さまざまな分野の豊富な知見がある人のもとを訪ね、
多様な思考に触れつつ学びを得る「Perspectives」。今回、明治時代に誕生した中津箒(なかつほうき)の職人、
吉田慎司さんに伺ったのは、素材づくりの大切さや昔から変わらない箒のつくり方。そして、かつての箒は、
祈りを込める対象であったというエピソードなど。吉田さんとの対話を経て、伝統的なモノづくりに新たな視点と
可能性を見出したのは、コミュニケーションデザイナーの藤田すずかです。
ふたりの対話から生まれた、子どものための箒を紹介します。

明治に生まれ平成に復活した
中津箒

中津箒職人 吉田慎司さん

家族で札幌に暮らしながら、日々、箒をつくる吉田慎司さん。
2017年に東京から移住し、妻、茜さんと営む、箒のアトリエと本の店「がたんごとん」の一角で、束ねる、編む、叩く。手仕事で箒をつくり上げています。

吉田さんがつくるのは、神奈川県北部にある愛川町中津の特産品「中津箒」。明治時代、1822年生まれの初代、柳川常右衛門によって生産が始まった箒づくりは、1945年頃には年間約50万本を出荷するまでに成長。かつて中津は、箒の一大産地でした。

しかし、その後、安価な箒や掃除機の登場などによって、産業としては途絶えることに。そんななか、2003年に「まちづくり山上(やまじょう)」を立ち上げ、箒づくりを復活させたのが6代目の柳川直子さん。吉田さんは柳川さんに出会い、大学卒業後、まちづくり山上の社員になりました。

職人が一カ所に集いモノづくりをするかつてのやり方にとらわれず、各自が各地で暮らしながら働く。そんな新しいモノづくりを実践する背景には、柳川さんの、「職人自身の暮らしが満たされていなければ、表現は伴わない」との考えがあります。

各地で働くまちづくり山上の中津箒職人が集まる機会のひとつが、ホウキモロコシの収穫です。材料づくりからモノづくりまで一貫して手がける同社では、広さ約10反(約3,000坪)の畑で、材料となるホウキモロコシを、無農薬で育てています。

例年、7月半ばから1カ月ほどかけて行う収穫に職人が参加するのは、それがモノづくりにも影響を与えるから。「自然のなかで育ったことを実感することで、ホウキモロコシを『一本だって無駄にはできない』という気持ちにつながります」と柳川さんは言います。

中津箒の材料となるホウキモロコシ畑

畳1、2畳分のスペースと道具さえあれば、「箒づくりはどこでもできますよ」と吉田さん。箒づくりで重要なのは、こうした材料づくり。そして、昔は「親方の仕事」と呼ばれていた穂の選別です。長さや太さ、状態などを見ながら穂を選別し、束ねたら箒の下ごしらえが完了。この段階で、ある程度、仕上がりの良し悪しがイメージできるといいます。

「料理にも似ていますね。おいしいご飯をつくろうとするなら、やっぱり米が大切。箒づくりも、素材次第」(吉田さん)。

中津箒づくりは、畑を耕し、種を蒔く所から始まっていました。

使うにもつくるにも用にかなった形状

吉田さんの箒はどれも使ってみると、畳やフローリングなどを傷つけない柔らかな掃き心地と、部屋の隅までしっかり掃き出すことができる穂先のコシ。使っていくうちにコシが弱くなったと感じたら、穂先から少しずつカットすることで、またコシが戻り、何年も使い続けることができます。

長柄箒や手箒の柄には、丈夫で軽く、真っ直ぐな竹を使うことが多いのですが、中津箒では曲がった木の枝をそのまま柄にした箒もつくっています。吉田さんの箒には、その曲がりを生かした愛嬌ある佇まいのものが特に多くあります。こうした自然の素材や手づくり特有の個体差も、工業製品とは異なる魅力です。

「箒自体のつくりや形を変えると、使いにくくなるし、つくりにくくもなります。アレンジを加えられるのは柄や糸の色くらいですね。古くからある道具はどれも長い歴史があって、用にかなったものだけが残った。変えられる部分は少ないですね」(吉田さん)。

3歳からの子どもに贈る箒

コミュニケーションデザイナー 藤田すずか

吉田さんからこれらの話を聞いた藤田すずかが後日、吉田さんに提案したのは、「3歳からの子どもに贈る箒」でした。

このアイデアに至った理由を、「吉田さんの話を伺ったのちに、箒に関してリサーチするなかで、民具には行為にまつわる風習があったり、お守りのように使われるということ。また、払う、掃くという行為を伴う箒にも、妊婦さんのお腹をなでると安産になる、家の中の魔を払うなどの言い伝えがあることを知りました」と藤田。

加えて、以前、吉田さんが登壇したトークイベントに足を運んだ際に、「最近では、箒を使ったことがない、使い方を知らない子どもも多いと聞きました。そこで、次の世代に箒の価値を伝える、小さな子どものための箒を提案しました。古くから暮らしに根付いている箒に実際に触れ、掃いてみることで、情操を育むことができればと思いました」(藤田)。

藤田は、一般的な箒の長さである全長120〜130cmと、日本人の平均身長の比率から割り出した子どもが使いやすいサイズを提案。3歳児向けの全長69〜75cmと10歳児向けの全長102〜105cmといった寸法や、小さな手でも握りやすい直径2.7cmという柄の太さを吉田さんに伝えました。

一般的な手箒と、今回製作した子どものための箒

小さな絵本と手ぬぐいのカバーが付属

今回、ホウキモロコシの穂を固定する綿の糸の色は、吉田さんが選んだ茜色と薄い藍色の組み合わせに。糸の色もまた、藤田は「補色となる2色」というように、具体的な色使いを指定しませんでした。サイズも糸の色も提案にとどめ、仕上がりを吉田さんに委ねた理由を、「中津箒については、背景もディテールも、吉田さんのほうが当然ながら詳しい。自分はデザイナーとしての視点や経験から気づいたことをお伝えすることで、吉田さんの普段のモノづくりの先に可能性を広げたいと考えた」と藤田は言います。

吉田さんは、「普段から、草木染や藍染といった天然染料で糸の色付けをしています。天然染料では濃い色を出すのが難しく、『絶対にこの色や寸法で』とオーダーを受けると無理が生じてしまうものです。今回は、今ある形や色を崩すことなくつくることができ、予想以上にかわいい箒ができました」とこれまでになかった手応えを感じたと言います。

新しい「こどものためのほうき」の付属品として藤田がつくったのが、小さな絵本「ほうきのほん」。これは、トークイベントで聞いた、「箒を使ったことがない子どもたち」を受けたもの。箒の使い方やつくり方をイラストで解説し、吉田さんをイメージして描いたという箒職人も登場します。
さらに、穂の部分を手ぬぐいでラッピングすることで、「友だちの娘や息子が3歳になったら贈ろうかな」と思ってもらえるようなプレゼントとしての魅力を高めました。この工夫には、梱包材の使用量を減らすという配慮も込められています。

箒を手ぬぐいでラッピング

伝統的なモノづくりと、その延長上にデザイナーの藤田が示した新しい視点。モノづくりの歴史や本質を捉え尊重した提案が、互いにとって新たな発見をもたらしています。

<プロフィール>

吉田慎司/よしだしんじ
中津箒職人。1984年生まれ。
2007年に武蔵野美術大学造形学部彫刻学科
を卒業し、まちづくり山上(やまじょう)に入社。
柳川芳弘さんに中津箒づくりを学び、
2017年に札幌に移住。

がたんごとん

藤田すずか/ふじたすずか
ソニー株式会社 クリエイティブセンター
コミュニケーションデザイングループ
デザイナー。

構成/「AXIS」編集部

文/Junya Hirokawa

ソニーデザインのコンセプトを取り入れた
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(ご注文いただいてから箒の納品までには時間を要します)
まちづくり山上(やまじょう)