Sony Design

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SST Type Project
Special
Interview

with タイプディレクター小林章

93言語対応というかつてない壮大なフォント開発プロジェクト。
プロジェクトの発起人であるソニーのデザイナー福原とタイプディレクションを手がけたモノタイプ社 小林 章 氏が
開発当時を振り返りながら、SST®フォント開発の舞台裏とそこに込められた思想や意義を語ります。

小林 章 KOBAYASHI AKIRA

欧文書体で120年の歴史を持つライノタイプ社のタイプディレクターとして 2001年よりドイツに在住。同社は 2013 年 3月よりモノタイプ社と改称。主な職務は、書体デザインの制作指揮と品質検査、新書体の企画立案など。有名な書体デザイナーであるヘルマン・ツァップ氏やアドリアン・フルティガー氏と共同で書体制作も行っている。欧米や日本での講演多数、コンテストの審査員もつとめる。著作:『欧文書体:その背景と使い方』『欧文書体2:定番書体と演出法』『フォントのふしぎ ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?』(いずれも美術出版社)『まちモジ 日本の看板文字はなぜ丸ゴシックが多いのか?』(グラフィック社)

福原 寛重 FUKUHARA HIROSHIGE

ソニー株式会社クリエイティブセンター チーフアートディレクター。SSTフォントの開発を起案し、モノタイプ社の小林章氏に制作ディレクションを依頼。コンセプトフォントの制作からプロジェクトの統括まで手がける。

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モノタイプ社 小林章氏への制作依頼

「本物のタイプフェイス
をつくる」

福原 最初にこのプロジェクトを起案したときに、とにかく「本物」のタイプフェイスをつくりたいという強い想いがありました。プロジェクトに関わるメンバーもその想いは共通で、ソニー独自のフォントでありながらタイプフェイスの歴史の上にしっかりと成り立ち、今後何十年と使い続けられるものを目指したいと考えていました。さらに多言語展開も当初から見据えていたので、タイプフェイスの歴史や在りかたへの深い理解だけでなく、多言語展開のノウハウも必要です。そうなると共同開発を依頼できる相手は自然と絞られました。モノタイプ社は、欧文書体の制作で長い歴史を持ち、書体のデザインからディスプレイ上の表示の最適化まで細やかに対応しているうえ、多言語展開のノウハウもある。今回のプロジェクトにはまさに最適なパートナーでした。

それに、このプロジェクトを起案する前から小林さんが制作されたフォントを使っていて、発表されるフォントには常に注目してきました。小林さんは欧文書体の歴史に精通している方ですし、日本における欧文書体設計の第一人者でもあり、正直、プロジェクトのディレクションを依頼するなら小林さんしかいないと思っていました。

小林 最初に声をかけていただいたとき、仕事の規模として相当大きなものになるだろうと言われたので、良い意味ですごく緊張しました。やはりコーポレートフォントとなると、製品や店頭、ホームページなどのあらゆるタッチポイントで使われますし、ソニーというブランドのイメージづくりに大きな影響を与えるものなのでかなり責任を感じましたね。しかも多言語展開も考えているというので、こんな複雑なことが本当にできるのだろうかと足がすくむような思いでした(笑)。

実際にソニーでつくられたコンセプトフォントを初めて見た時は、欧文書体のことをかなり理解している人がつくっているなという印象を受けました。だから私の仕事は、良いところはなるべく生かして、改良できるところは改良し、書体としてきちんと見えるようにすることでした。文字を組んだとき、単語にしたときにちゃんと見えるか、ソニーらしさが出ているかというところを意識しながらディレクションしていくべきだと考えました。

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SSTフォント ディレクションの方向性

「静かでありながら力強い、
ソニーのイメージを
文字で表現」

小林 私がもともとソニーに対して持っていたイメージは、静かでありながら力強い、そんな印象でした。それは普段いちユーザーとしてソニー製品に触れるなかで自然と感じていたものです。製品の中にものすごい機能を収めているにも関わらず、佇まいは余計なものが削ぎ落とされて、非常に洗練されている。普段から抱いていたそのイメージを、文字の形でも表現できればと考えました。

それから書体という観点から言えば、ソニーはよく「Helvetica®(ヘルベチカ)」という書体をパッケージで使っていたので、少し硬質なプロダクトらしい表現をまず思い浮かべました。一方で、読みやすさに定評のある「Frutiger®(フルティガー)」という書体は、どちらかというと柔らかくて、自然なイメージの書体。福原さんからは、その2つの書体の中間を目指していると聞いたので、Helveticaよりも少し自然なものにしつつ、Frutigerよりはプロダクト感があるものをつくるのだと認識したわけです。

ただ、両方の書体とも既に何十年と使い続けられているので、その中間をつくるというのは言葉でいうほど簡単ではありません。ずっと使い続けられるクオリティーのものを新しくつくるのはすごく難しいことなのです。

たとえば、Helveticaよりも自然な印象にすると、「S」という文字の幅は狭くなりますし、逆に大文字の「W」や「M」はうんと幅が広くなります。こうして本来幅が狭い字を狭く、広い字は広くつくっているのがFrutigerです。文字が自然に見えることで可読性は高まるのですが、Frutigerほど「S」の幅を狭めると、今度は「Sony」と組んでみたときに大文字の「S」が少し物足りないのじゃないかと感じるかもしれません。そこで「S」の幅を少し広げ、単語としてのまとまりをよくしました。このようなバランスの取り方を常に考えながら調整していきました。可読性はFrutigerにならい、プロダクト感はHelveticaにならうという感じですね。

SST Roman
文字の線幅に統一感を持たせたジオメトリックな構造でありながら、可読性を高めることで、汎用性の高いスタンダードな書体として作成。シャープさを保持しつつ、小さな文字でも高い視認性や可読性を備えています。
Frutiger Roman
「Frutiger(フルティガー)」は、フランスのシャルル・ド・ゴール空港の案内標識のために設計されたサイン用書体です。遠くからでも見やすいように識字性や視認性に配慮して設計された書体で、幅広い媒体で利用されています。
Helvetica Regular
「Helvetica(ヘルベチカ)」は1957年にハース鋳造所の手組み用活字として作られた印刷用書体です。ラテン系言語での使いやすさに定評があり、ニュートラルな造形のため半世紀以上にわたり世界で多用されています。
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SSTフォント 制作のこだわり

「0.0何ミリの差が、
SSTフォントのプロダクト感に
影響している」

福原 ソニーは長い間Helveticaを使ってきたので、もともとかちっとしていた書体が急にふわっとしたものになると途端に頼りなく見えます。だから我々としては、ジオメトリック(幾何学的)なのに自然で見やすい書体をイメージしました。

小林 ジオメトリックというのは今回重要なキーワードでしたね。ただ、本当にジオメトリックにつくってしまうと文字としてはかなり違和感のあるものになってしまいます。だから大事なのは、見たときにジオメトリックに見えるかどうか、つまり雰囲気の出し方がポイントとなります。あと、SSTフォントがジオメトリックな書体に見える理由のひとつとしては、文字の線の幅に統一感を持たせたことが影響していると思っています。

福原 そうですね。コンセプトフォントをつくっていた当初からSSTフォントがジオメトリックに見えるための根拠があるべきだと考えていましたので、文字の線幅を統一できたことは、SSTフォントを特徴づける思想のひとつになったのではないかと思います。

小林 線幅を整理することは制作当初からのオーダーでしたが、長年タイプフェイスデザインに携わってきた私にとってはかなり斬新な発想でした。今までの経験上、たとえば小文字の「o」をつくる時には、「h」の縦方向の線よりも「o」の縦方向の線を少し太くするのが普通で、福原さんから線幅をそろえてほしいと言われた時に、それだと「o」が細く見えるのではないかと最初は戸惑いました(笑)。しかし実際につくってみると案外そうでもない。必ずしも「o」を太くしなくてもいいのだと気づかされました。それは面白い発見でしたね。

今までの経験上、たとえば小文字の「o」をつくる時には、「h」の縦方向の線よりも「o」の縦方向の線を少し太くするのが普通で、福原さんから線幅をそろえてほしいと言われた時に、それだと「o」が細く見えるのではないかと最初は戸惑いました(笑)。しかし実際につくってみると案外そうでもない。必ずしも「o」を太くしなくてもいいのだと気づかされました。それは面白い発見でしたね。もちろん視覚補正(*)を随所にしていますが、ほんの0.0何ミリの差であっても線幅を数値的にそろえることは、SSTフォントのプロダクト感みたいなものに影響していると思います。

* 視覚補正:目の錯覚などによってデザイン的に意図しない見え方にならないように、文字の線の長さや形状を工夫して見え方を調整すること

横線と縦線が同じ太さの場合、
横線の方が太く見えてしまう

線幅が同じ太さに見えるように視覚補正した状態

SST Roman

Helvetica Neue 55 Roman