お互いを理解し合える環境が、新しいことにチャレンジする原動力

~ハイレゾレコーディングマイク~

ソニー・太陽株式会社は、国内マイクロホン製造の基幹工場であり、ソニー株式会社の特例子会社です。
そんなソニー・太陽から26年ぶりにハイレゾ音源収録に対応したコンデンサーマイクが誕生しました。
今回、初めて設計・開発から製造までを手がけた製品が誕生するまでの軌跡を、
プロジェクトの主要メンバーに聞きました。

森崎 哲也
ソニー・太陽株式会社
技術部
磯村 直也
ソニー・太陽株式会社
技術部
吉野 結香
ソニー・太陽株式会社
製造部
大迫 貴仁
ソニー・太陽株式会社
製造部
今野 太郎
ソニービデオ&サウンドプロダクツ株式会社

「メイド・イン・ソニー・太陽」という夢を実現するために

森崎:ソニー・太陽はこれまで、音楽収録用などに高い精度が要求される業務用マイクやヘッドホンなどを製造してきました。これは、ソニー創業者の井深さんが残した「障がい者の特権無しの厳しさで健丈者より優れたものを」という企業理念を、社員の約70パーセントが障がいのある社員である特例子会社として実践してきたからです。また、27年前、前社長が「メイド・イン・ソニー・太陽の製品をつくりたい」という夢を語っていたのですが、この言葉に多くの社員が共感しました。そんな夢を抱きつつも、ソニー・太陽は基本的に製造拠点なので、自分たちで製品を一から開発・設計し、商品化する機会はなかなかありません。しかし、今から約60年前にソニーが国産初のコンデンサーマイクC-37Aを製造して以来、高精度の音響製品を製造する過程で蓄積された技術やノウハウがソニー・太陽に受け継がれ、どのようにすれば高音質が実現するかという引き出しがたくさんありました。これらの資産を生かしながら、自分たちの新たなチャレンジとして「世の中で一番感度の高いマイクユニット」を開発してみようという計画が持ち上がりました。そこで、設計の磯村が中心となって高感度マイクユニットの開発が始まりました。

磯村:開発の起点としたのは、これまで培ってきた業務用マイクの技術と、ソニー・太陽が実験的に開発したマイクの技術を組み合わせることでした。設計のメンバーと試行錯誤を繰り返して、50kHzまでの帯域をフラットに収音できるマイクユニット(部品)の試作に成功しました。これまでのプロ用マイクでは拾うことができなかったハイレゾリューション帯域までカバーできます。面白い部品ではあるものの、マイクユニットだけでは製品化のめどは立ちません。そこで、この技術を広くソニー全体に広めたいと思いソニーグループの技術交流会で発表しました。そこで、この技術の持つ可能性が、ソニーのオーディオ事業を担当するソニービデオ&サウンドプロダクツ(SVS)の今野さんの目に止まったのです。

C-37Aコンデンサーマイクロホン(1957年発売)

今野:当時、私はSVSでハイレゾ推進業務を担当していて、音楽レーベルを回りながらハイレゾ音源制作やリリースを促進する活動をしていました。リマスター音源を中心にお出し頂きつつ、新録の音源もお願いしていましたが、音の入り口である、音楽制作用のマイクの特性は気になっていました。そんなとき、社内でソニー・太陽が開発したマイクユニットの説明を聞きました。50kHzまでの帯域を収音できるマイクユニットは、まだ世の中には音楽用としてはあまり無いと思っていたので、とても興味が湧き、「もしかしたら、これはハイレゾ音源の収録に使えるかもしれない」と思い、このユニットを採用したマイクを商品化できないかと考えました。

森崎:今野さんが技術交流会で私たちのマイクユニットの可能性を見つけたことは、「メイド・イン・ソニー・太陽の製品をつくる」という夢の実現に大きく近づいた出来事でしたね。

C-100に採用されている2ウェイカプセル構造の
マイクユニット
コンデンサーマイクロホンC-100と
エレクトレットコンデンサーマイクロホンECM-100N/ECM-100U

初めてのハイレゾの音づくりは、試行錯誤の連続

磯村:ただ、このときのマイクユニットは試作段階でしたので、そのまま商品化できるレベルには到底達していませんでした。技術的に広帯域収録が可能だとしても、そもそもハイレゾレコーディングマイクの開発は、ソニー初でしたので、まずはハイレゾのいい音とはどういうものなのかを探ることからのスタートでした。そこで、試作品を持ってソニー・ミュージックエンタテインメントの音響スタジオや、ゲームなどの音源を扱っているソニー・インタラクティブエンタテインメントの関連部署も訪問して、音を聞いてもらって意見をもらい、設計を見直してまた試作品を製作するという作業を、約2年間繰り返しました。基準となる音にたどり着くまでには、膨大な数の試作品を製作しましたので、製造メンバーも本当に大変だったと思います。

吉野:もう数えきれないくらい試作品をつくりました。毎日毎日、ずっと試作をしていた感じですね。私は業務用マイクを長く担当していて、ロングセラーのピンマイクECM-77シリーズやショットガンマイクのECM-680S、漫才マイクで有名なC-38Bなどのマイクユニットにも携わっているので、その経験を役立てたいと思い、あのモデルではこんな作業があったとか、こういう作業で音質を安定させていたとか、設計に対して意見を出しました。

磯村:私たちが目標としたのは、多くのミュージシャンに愛用いただき、業界スタンダードとなっているC-800Gを超えるマイク特性でした。C-800Gは感度が高く、たとえば電極の穴の位置がわずかに違っただけで音の特性が変わってしまうため、製造工程で発生するミクロン単位の誤差も許されません。今回のハイレゾレコーディングマイクは、C-800G以上の精度が必要とされますし、また、そうでなければスタジオエンジニアやミュージシャンの方たちには納得していただけないと思いました。日頃からC-800Gを製造しているメンバーのスキルを信じて、これまでになく高いレベルでの製造をお願いしました。

一人ひとりを理解しているから、それぞれの長所を生かし、短所を補える

吉野:磯村さんからの要求は、非常に難易度が高いものでした。これまでにない精度を保って製造するためには、人員配置をあらためて検討しなければならないと考え、豊富な経験と技術を持ったメンバーを集めました。聴覚に障がいのある方の中には集中力の高い方もいらっしゃり、今回マイクユニットの製造を担当した大迫さんは、金属の数ミクロンの厚さも巧妙に調整できる、高い研磨技術を持っています。マイクはミクロン単位で音質が変わるため、その能力を、今回のマイクユニットの主要デバイスであるカプセルの製造に生かしたいと思ってメンバーに加わってもらいました。

大迫:マイクユニットのカプセルにはバックプレートという金属板の部品があって、表面を平らにするために手作業で研磨を行いますが、厚さをミクロン単位で均一に磨かなければいけないので、作業にはとても集中力が必要です。また、カプセルは音による特性の検査も行います。聴覚に障がいがあっても図や波形を見ながら音質確認できる検査機を以前からソニー・太陽では開発しており、できることとできないことをお互いにカバーし合いながら製品づくりを行っています。そこが、ソニー・太陽で私が力を発揮できる理由だと思います。

吉野:また、今回のハイレゾレコーディングマイクのカプセルは、C-100用に2種類、ECM-100U/ECM-100N用にそれぞれ1種類、合計4種類あって、すべて新規開発のものです。量産時は、その4種類のカプセルを同時に製造しなければならず、自分たちだけで生産性や納期が達成できるのか不安がありました。それに、障がいのあるメンバーの能力を生かすためには、一人ひとりに合わせて生産工程や作業環境を整える必要があります。量産がスタートするまでに、一人ひとりにどうやって技術を習得してもらうか、どのように設備を整えたらいいのか、毎日のようにディスカッションを重ねて、新しいマイクをつくる夢のためにチャレンジしました。

カプセルの特性検査を行う無響音室は、車いすでも入室できるユニバーサルデザイン仕様

自主性を持って、自分たちの職場環境をつくる、ダイバーシティな働き方

今野:2017年10月にニューヨークで開催された国際的な業務用音響機器展示会「AES Convention」に、このハイレゾレコーディングマイクを参考展示しましたが、C-800G以来、ソニーが26年ぶりに発売する新型マイクということで、とても大きな反響をいただきました。一般の方からグラミー賞を受賞するようなアーティストまで、SNSなどで音の良さについてコメントしていただいているのを目にするようになりました。これだけの高評価を受けているということは、これまでソニーのプロ用マイクが築き上げた歴史を、さらに塗り替える製品なんだと思いましたね。

森崎:ソニー・太陽は、世の中がまだ障がい者雇用に力を入れていない1978年の創業時から、誰もが活躍できる環境づくりに力を入れており、国内ではダイバーシティの取り組みにおいて先駆者的な存在です。全国各地から多くの団体が当社を見学に訪れます。部品のみの製造を行っている特例子会社は多いのですが、ソニー・太陽では各々が責任を持って完成品を製造しているのが参考になるようです。
今回のハイレゾレコーディングマイクは、「メイド・イン・ソニー・太陽」の製品をつくるという私たちの夢をかなえる製品であるとともに、「どこよりも優れた製品を世の中に送り出す」というソニー・太陽が大切にしている考えを体現する製品になったと思っています。設計がどんなに難しい規格を要求しても、製造メンバーは平然とこなしてしまう。それは、障がいの有無など関係なく、高い精度が求められる製品を日常的に手がけている熟練した技術がなければできないことです。

吉野:さまざまな人が働いているからこそ、どうすれば一人ひとりが個性を発揮できるのかを、常に自分たちで考えながら生産環境をつくっています。たとえば、聴覚に障がいのある社員が会議や打ち合わせに参加するときは、パソコンでの要約筆記や手話通訳ができる社員が率先してサポートします。ソニー・太陽では、それがごく自然な風景です。

大迫:ここでは誰もがみな、自分で目標を設定して常にチャレンジしています。そこには、障がいの有無はありません。ハイレゾレコーディングマイクの製造には難しい部分がたくさんありますが、それよりも、世界的に認められた製品に関わることができるんだという思いで、ワクワクしながら毎日仕事に向き合っています。

森崎:自主性を持ち、常に新しいことにチャレンジする。集会スペースとしても使用している食堂は社員プロジェクトの一環で、みんなのアイデアを集めてつくりました。その原動力となっているのは、家族のように自然体でお互いを理解し尊重し合える、他に先駆けて確立されたダイバーシティ&インクルージョンなのではないかと思います。

聴覚障がいのある大迫さんのために、
パソコンで要約筆記を行う竹下さん
ソニー・太陽 社員PJでつくった
社屋。普段は食堂として使用
  • ※特例子会社: 企業にはその規模に応じた一定人数の障害者雇用が法律で義務付けられている。障害者の雇用に特別の配慮をした子会社の設 立が、一定の要件を満たしている場合、その子会社に雇用されている労働者は親会社に雇用されているものとみなして、親会社 の障害者雇用率を計算することができる。
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