技術の力で「障がい」はきっとなくなる

Vol.09 技術の力で「障がい」はきっとなくなる。:遠藤 謙(ソニーコンピュータサイエンス研究所 リサーチャー)

目の前にいる人に役立つ技術を開発したい

 私はもともと大学でヒューマノイドロボットを研究していました。しかし、ある日友人が骨肉腫という病気で足を失ったことをきっかけに義足の研究を志すようになりました。友人の役に立ちたいと考えた時、残念ながらヒューマノイドロボットの研究ではすぐに役立つ技術は開発できなかったからです。より実用性の高い研究を求めて調べていくと、MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボで義足の研究をしている教授がいることが分かりました。そこでMITヘの留学を決意したのですが、その時推薦状を書いてくれたのが現在のソニーコンピュータサイエンス研究所(以下CSL)北野宏明所長でした。

 MITではロボット技術を使った義足を研究し、5年かけて製品化の目処を立てることができました。そしてMITでの博士課程修了後に、北野所長からCSLに遊びにこないかと声をかけられたのをきっかけに、義足に関する研究計画をプレゼンする機会をもらいCSLに入所することになりました。尊敬する北野所長に声をかけてもらったことがうれしかったですし、人類に貢献するための研究を目標に掲げたCSLという世界でも類をみない研究所で働けることにわくわくしましたね。

MITでロボット義足の研究を開始

ソニーの自由な社風やモノづくりの文化を感じる

 CSLでは3つのテーマで義足の研究をしています。1つめはロボット義足。モーターによって足首の機能を再現するものです。MITの頃から研究していたテーマですが、CSLではモーターだけでなくバネを組み合わせた独自の理論でロボット義足の軽量化に挑戦しています。2つめは途上国向けの義足。実は下肢障がい者は途上国に圧倒的に多いのです。そこで経済的に豊かでない国でも普及できるような安価な義足を、現地で製造することを前提に開発しています。そこには技術だけでは解決できない課題も多くありましたが、ようやくプロトタイプの最終段階で量産体制が整いそうなところまでこぎつけました。そして3つ目は競技用義足です。走るという競技に特化した義足なので、筋肉の使われ方を調査しながらシミュレーションして、最適な設計を開発している最中です。

 CSLでは一人一人の研究員がそれぞれ独立した研究をしていますが、とてもオープンな環境なので異分野の研究員とも交流でき、良い刺激になっています。また一人で研究しているため行き詰まることもありますが、そんな時は他部署のエンジニアに相談することもあります。人づてにいろいろな分野のエンジニアと知り合うのですが、出会うたびにそのスキルの高さに驚いています。しかも通常の製品とは直接関係のない研究であっても興味を持ってくれる方が多い。そういうエンジニアと接していると、社員と社員の垣根があまりない自由な社風や、モノをつくることに関して一途なソニーの文化が息づいているのを感じますね。

足首の機能を再現したロボット義足の試作機

直近の利益ではなく、人類の未来を見据えて

 私がCSLで研究できて良かった思うところは、最先端の競技用義足やロボット義足から、途上国向けの低コストの義足まで、全部ひとつの研究として捉えてもらえることです。一般の企業では、利益の出にくい途上国向け義足は慈善事業のように扱われてしまい、同時に研究することはかなわなかったでしょう。しかしニーズがあって、コストや素材という制約条件のもとにモノをつくるという意味では、どの義足も変わりません。むしろそれらを同時進行で研究できることのメリットが大きいのです。CSLはそれを理解した上で研究を認めてくれる。それは直近の利益の追求ではなく、人類に貢献できる技術を開発するという幅広い視点を持った研究に重きを置いているからです。これほど先を見据えた研究所は、世界中をみても他にありません。すべての義足を一人で研究・開発することはもちろん大変ですが、とてもやりがいがありますし、そこにCSLで研究できる喜びがあります。

技術の力で「障がい」という言葉のない社会に

 今後の目標として短期・中期的には、2020年に日本で開催されるパラリンピックを目指して、競技用義足を完成させることです。近い将来、短距離トラックでこの義足を付けた選手が障がいのない選手と互角かそれ以上に速く走れるようになるはずです。それを見た人が純粋にすごいと感じれば「障がい者の競技」という見方や、障がい者に対する考え方も変わると思います。また、このパラリンピックのための研究は、民間用の義足はもちろん、リハビリテーション用や高齢者向けのアシスティブデバイスなどの開発にも生かせるはずです。競技用義足を頂点とした産業の流れをつくることが2020年までの目標です。

 そして将来的には、パラリンピックで生まれた技術が世の中に広まることで、「障がい」という言葉自体をなくせたらと考えています。身体的な障がいはテクノロジーで補えるはずです。さらに障がいの有無に関わらず自分の力以上に能力を高められる装置がこの研究からは生まれます。障がい者も、健常者も、そうした装置で能力アップできれば、障がいのあるなしの境はほとんどなくなるかもしれません。そんなビジョンを持っています。

 障がいを障がいとしてではなくその人の特長としてとらえ、さらにその特長を生かせる社会や仕組みをつくることがダイバーシティ&インクルージョンの目指すべきもの。その一歩として、いま開発している技術が貢献できたらうれしいですね。

ソニーコンピュータサイエンス研究所とは…
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