写真家およびネイチャーガイド
幼少期より自然や生物に親しむ一方、写真にも興味を持つ。高校時代は写真部に所属し写真活動に没頭。高校卒業後、製造系企業に勤める。退職後の一時期、自転車に撮影機材を積み北海道一周、カナダ·アラスカを横断するなどの旅をおこなう。
その後、京都市内の企業に就職し、勤務のかたわら、京都府美山町の京都大学芦生演習林(現·研究林)の撮影を開始。週末ごとに撮影に通うようになる。また、撮影によって得た知識と経験を生かし、2010年より同地のガイド活動を開始。2016年、勤務していた会社を退職。プロフェッショナルの写真家およびネイチャーガイドとして、現在も活動中。
千年の都・京都。
その中心部より、北へ約40kmの所には、茅葺き民家が多数残存し、日本の原風景が残る里として有名な美山町があり、その東端に位置するのが芦生の森です。正しくは、京都大学フィールド科学教育研究センター森林ステーション芦生研究林と称し、当地は1921年より京都大学農学部付属芦生演習林として99ヵ年の契約において地上権が設定され、各種学術研究、教育の場として利用されてきました。さらに時代は進み、2003年には大学内部の機構改革に伴い、名称も現行の「研究林」に改められました。また当初の99ヵ年の地上権設定の契約は、2020年に満了となり、同年に改めて向こう30年の研究林としての地上権が更改され、現在に至っています。
この森は、揚水式発電ダムという巨大開発計画や鹿の食害や楢枯れ病の蔓延など、自然環境の変化を乗り越えて、傷つきながらも今も美しい姿を留めています。私がこの森を初めて訪れたのは、1986年のことでした。その前年に私は日本の原風景を求めるべく、自転車で全国を旅しました。しかしながら当時の日本はすでに各地で開発が進行しており、私が求めていたような風景に出会うことはありませんでした。しかし、翌年に京都府中部にある美山町を訪ねたところ、茅葺き屋根の民家が多数残る農村風景に加え、本当の「森」ともいえる芦生の森に出会うことができました。その後、私はいくつかの海外の国も訪ねましたがそのことがさらに芦生の森の魅力を再認識する結果になり、1995年以降、継続的に芦生の森を写真で記録・表現する活動に傾倒し、さらにはガイドとしても活動することにもつながっていきました。
四季折々、時間ごと、天候によってもさまざまな表情を見せる芦生の森。
この森は、数多くの動植物の存在が確認され、単に美しいだけではなく、日本のそして、地球の宝といってもいいぐらいの貴重さと大切さを持っています。生命の源ともいえるこの森、さらには全国の森がさまざまな社会情勢、気候変動の波に直面して危機的状況に直面している今、保護と保全の手を差し伸べないとそれらは、消失の可能性さえ考えられます。私としましては、森の写真や映像、そしてガイド活動により、京の地にこのような森が存在し、その魅力と大切さ、そして癒しと安らぎを多くの方に知って感じていただき、さらにこの芦生の森のみならず全国の森の保護と保全を考えるきっかけになれば大変幸いに感じるところであります。
2026年2月 広瀬慎也