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© 飯田耕治 / KoJi Iida SUNTORY HALL  こども音楽フェスティバル 2025© 飯田耕治 / KoJi Iida SUNTORY HALL  こども音楽フェスティバル 2025

聴きたいをかなえるテクノロジー ソニーのヘッドホン×Auracast™

2025年05月15日

誰もが同じ場所で、エンタテインメントを一緒に楽しむことができたら——。ソニーが今回取り組んだのは、"Music for All"と題して誰もが楽しめるインクルーシブなフェスティバルです。2025年5月3日(土・祝)〜5月6日(火・休)に行われた「こども音楽フェスティバル 2025」。サントリーホールの大ホール、ブルーローズ(小ホール)にて、こどもたちがクラシックに親しむこのフェスティバルで実現した「聴きたいをかなえるテクノロジー」について、ソニー株式会社 共創戦略推進部門・商品戦略部でアクセシビリティを担当する奥田龍さん、技術センター・音響システム技術部門・音響コア技術開発2部で開発を担当する中村剛さん、花沢美紅さんに話を聞きました。

奥田 龍さんプロフィール写真
奥田 龍
共創戦略推進部門・商品戦略部
アクセシビリティ担当
中村 剛さんプロフィール写真
中村 剛
技術センター・音響システム技術部門・音響コア技術開発2部
システムアーキテクチャ担当
花沢 美紅さんプロフィール写真
花沢 美紅
技術センター・音響システム技術部門・音響コア技術開発2部
システムアーキテクチャ担当

「こども音楽フェスティバル 2025」での取り組み

── 今回の取り組みについて教えてください。

奥田:今回、Auracast™︎(オーラキャスト)というBluetooth®の新しい機能と、それに対応したソニーのヘッドホンやスマートフォンを組み合わせることで、聞こえにくさがあるこどもたちの聞こえを調整し、「こども音楽フェスティバル 2025」を存分に楽しめる環境を提供する取り組みを行いました。

── このプロジェクトはどんな経緯から始まったのですか。

奥田:ソニー音楽財団から「こども音楽フェスティバル 2025」を開催するにあたり、障がいの有無や年齢、置かれた環境や背景にかかわらず、音楽に触れる感動を届けたいと相談があったことがきっかけです。いろいろ相談する中で、今回の取り組みをこちらから提案しました。

生演奏をヘッドホンで聴く仕組み

── Auracastを活用した今回の取り組みについて詳しく教えてください。

奥田:まず、Auracastは無制限の受信側に対して高音質のデータを伝送できるのが特徴です。従来のBluetoothは1台の受信側にしかデータを送信できませんでした。今回は、この新しいBluetoothの機能とその機能に対応したソニーのヘッドホンとスマートフォンを組み合わせることで演奏している音を複数の方に届けました。

── 実際に壇上で生演奏している音がヘッドホンに届くまでには、具体的にはどういう流れになりますか?

中村:まず、演奏されている音をマイクで集音し、Auracastトランスミッター経由でヘッドホンに送ります。そして、Auracast対応のスマートフォンでヘッドホンの音を調整することにより、ユーザーが自分にとって聴きやすい音に調整します。

── 壇上で演奏されている生の音に加えて、ヘッドホンからも音が聞こえてくるということでしょうか?

奥田:ヘッドホンの優れた外音取り込み機能を使って、生の音を聞きながらAuracastで送られた音と重ねて聞く事が出来ます。Auracastで送られた音はヘッドホン側で音量を調整したりイコライザーを利用したりして、特定の音域が聞こえにくい方でも調整することが可能です。

Auracast™トランスミッター、Auracastレシーバー、Auracastアシスタントを用いたシステム構成図

ソニーだから実現できたこと

── 今回の取り組みは、ソニーのヘッドホンがAuracastに対応していることを前提に実現したものですが、Auracastを組みわせることでソニーの技術が特に活かされた点はどこにありますか?

中村:大きく分けると2点あります。まずソニーのヘッドホンというのは、高い解像度と明瞭さを持ちながらスケール感の大きい、疑似的なコンサートホールのような音環境を目指しており、再現性や静寂性など"音"にかなりこだわりを持っている製品です。そして、Auracast高音質伝送をうたった仕組みです。このふたつが組み合わさることで、ヘッドホンを着用しても違和感のないコンサート体験が実現できたのではないかと思います。クラシック音楽は特に、楽器の繊細な音色から、楽器が幾重にも重なる重厚な音圧まで魅力の幅が広く、どのような場合にも満足していただけるような環境かなと。今回は、聞こえにくさがあるお子さまに向けてのご提供でしたが、聞こえにくさを感じていない方にもその音環境を十分に楽しんでいただけるのではないでしょうか。あとは、我々は無線エンジニアとして、Auracastが途切れないということにもかなり注意を払いました。皆さん、無線って途中で音が途切れてしまうことが多いイメージをお持ちですよね。でも音が途切れてしまうと、どんなに良い環境でも意味がなくなってしまうので、途切れにくさも非常に重要なポイントとなります。

花沢:今回はAuracastトラスミッター、 Auracastアシスタント (スマートフォン)、Auracastレシーバー(ヘッドホン)をすべてソニー側で用意し、それぞれに最適なセッティングを設けることで、音を途切れにくくし、遅延をなくし、最高の音質を実現するなど、すべての要素を網羅することができたと思います。

── ソニーのヘッドホンは受信機なので、受信側のセッティングに注力されたのかと思いましたが、実はAuracastの仕組みを使って、どうステージの音を受け取って、どう変換して、どうヘッドホンに送るかまでのすべてを調整することが重要だった。それを踏まえて、今回一番苦労した点はどこにありますか?

中村:まずひとつが、音の遅延の問題です。外音とヘッドホンからの音を一緒に聞くということは、それらがずれていたら全く意味がありません。人間の耳というのは驚くほど繊細で、ちょっとでもずれると違和感を生じてしまいます。「こども音楽フェスティバル 2025」の会場であるサントリーホールは、大ホールと小ホールがあるので、音が届く距離が違います。そのため、それぞれのホールに合わせて、外から聞こえる音と、ヘッドホンを通して聞く音がほぼ一緒になるような工夫をしました。これは、受信機や送信機の個別の調整だけでは実現できないことで、両方の技術を合わせてはじめて可能になります。

── 具体的にはどのような調整で実現したのでしょうか。

中村:サントリーホールさんと会話をして、このホールならこの位置にサーバーを置けばいいのではという想定パターンをいくつか用意し、実際に現場で調整していきました。難しかったのは小ホールのほうで、演奏が目の前から聞こえてくるため、それと違和感なくヘッドホンから音を届けるというのは、サーバー側でかなりシビアな調整が必要でした。AuracastはBluetoothの新機能ですが、Bluetoothというのは細かいセッティングをすることで、少しずつ遅延が変わるんです。普通の人は触れない部分ですが、我々はBluetoothのスペシャリストとしてその調整から行いました。

奥田:実際のホールでのテストや、社内の同環境でテストを実施したときにも、誰一人として違和感を持つことはありませんでした。距離に応じて遅延が変わってくるところを、ぴったり合わせ込めたという点が、今回の大きなポイントです。

花沢:もう1点、ステージで集音したオーケストラの音を、劣化させずに送ることにも苦労しました。アナログで集音したデータを、Auracastで送るためにはデジタル変換が必要です。その際に、ダイナミックレンジという送信可能な音の大小の幅を考慮しなければなりません。オーケストラは音楽の中でも特にダイナミックレンジが広いので、そのままデジタル変換すると送信可能なレベルを超えてしまい、雑音のようなザーッというノイズが入ってしまいます。そのため、送る前の段階でノイズにならないような調整が必要です。一方で、音質が劣化してはいけないので、どの程度に調整すればいいのか探るのに苦労しました。

中村:安全策をとってボリュームを絞ってしまうと、音が小さくなりすぎて聞こえなくなったり、音質が劣化してしまいます。なので、花沢がその都度、最適な音質を送れるようにスキームを組んで、マニュアル化してくれました。そのおかげで、リハーサルで、ある程度の調整は終わっていました。ただ、ソニー音楽財団から聞いた話では、演奏者たちが気合い入ると、ボリュームが上がることがあるそうです。リハーサルでは小さめの音だったのに、本番になると音量がいつもより大きくなることがあるんですよね…。

花沢:なので、事前にある程度の調整は終わらせておきつつも、当日は会場でモニターしながら、音量がそれを超えてこないように手作業で調整できる体制を整えました。

── こども向けに意識した点はどんなところでしょうか。

奥田:今回はコンサートを楽しんでいただくことが一番の目的なので、ストレスなく楽しめるように配慮しました。

花沢:例えば、ユーザーの手元にヘッドホンが渡った時点で、すでにAuracastに接続された状態でお渡ししたり、イコライザー設定という周波数の設定を、事前の調査から聞こえやすいようにあらかじめ準備しておくなど、こどもでも煩雑な操作をすることがなく、最先端の技術を簡単に楽しめるように用意しました。

奥田 龍さん、中村 剛さん、花沢美紅さんのインタビュー風景

気付いていなかったニーズに新たな可能性

── 今回の試みを通して、新たな発見があったことについて教えてください。

奥田:そもそもはソニー音楽財団から話を受けて仕組みを提供したのですが、フィールドテストや調査を通じて、特定の音が聞こえにくい、音楽が聞こえにくい、コンサートに行きたいけれど片耳だけ聞こえにくい方など、特定の音だけが聞こえないといった不便をかかえている方が想定以上に多いことを実感しました。また、今回の補助システムは補聴器ではないため、調整できる範囲には限りがありますが、Bluetoothの音と外音を同時に聞くという体験自体が、お客さまにとって価値を生むということを改めて感じましたね。

中村:私はエンジニアなので、最初に奥田さんから話を聞いたとき、もっと音をこねくり回せるような、盛りだくさんの機能を取りいれようとしていたんです。開発中の新機能も盛り込もうとしましたが、社内であっさり「いらない」と言われました(笑)。クラシックという音楽ジャンルでは、できるだけ自然な音が好まれるという声が多かったんです。ここでの「自然」というのは、つまり「違和感がない」という意味ですが、当初私は「違和感がないって、それならヘッドホンをつける意味がないのでは?」と感じていました。しかし実際には、クラシックでヘッドホンやイヤホンをつけても、違和感がないというのは逆に誉め言葉だと気づきました。なので、我々は環境に応じてユーザーが求めることを提供するのが大事なのだということを特に学びました。

花沢:今までは、イヤホンやヘッドホンで音をどう再現するかということが多かったのですが、実際の音楽とヘッドホンで再生される音楽を同時視聴するという提案が、社内のテスト段階でも多くの賛同を得ることができて、技術によってまだまだ新たに豊かな経験をもたらすことができるんだなという学びがありました。

── 今後は、この試みをどのように発展させていきたいと考えていますか?

奥田:自宅で製品を利用する際のアクセシビリティについては、数年前から大事な要素として手掛けてきましたが、今回の「こども音楽フェスティバル 2025」のように、自宅以外のエンタテインメントでも、お客さまがいかに自然に楽しめるかというのも大事なポイントだと改めて感じました。なのでライブ系のもの…喋るものや踊るものなど、出かけた先で見るエンタメっていろいろあると思うのですが、これらを我々の製品を通してより楽しめるという形にどんどん展開していけたらと思っています。

中村:今回は「自然」というのがポイントでしたが、私は音の拡張についての夢をまだ捨てていなくて(笑)。例えば、仮想現実を体験できるVR(Virtual Reality:バーチャルリアリティ)ゴーグルでは、ディスプレイで何かを表示して、自分が見たものと一緒に見るという視覚の拡張があります。外音と一緒にイヤホンで聞くというのも、そういった拡張の可能性があるのではないかと。例えば、リアルなお化け屋敷で、お化けが出てくるのを実際の目で見ながら、他の人の声などの音が聞こえながらも右から左からお化けの音が聞こえるような環境が作れたら面白いと思います。今だと、目は拡張されて、耳は完全にイヤホン内の音しか聞こえないなど、拡張されていない状態なので、そういった仮想空間での音の拡張にも将来性があるのではないかと夢を持っています。エンジニアとして、新しい技術に対する夢が尽きません。

花沢:クリエイター個人の音や声の配信などを、リアルな感覚で届けるようなことが考えられるのではないかなと思っています。ライブ会場で撮影したそのものを、多くのお客さんに一斉に聞いてもらえるようなことですね。

誰もが感動を分かち合える未来とは

── ソニーは「誰もが感動を分かち合える未来」を目指しています。今後、やっていきたいと思うことはありますか?

奥田:今回は聞こえにくさがある方、もしくは弱難聴の方を中心に考えた取り組みでした。今後は、年齢や障がいなど個人の特性や能力、また、介護や育児といった生活環境にかかわらずエンタテインメントの感動を味わえること、これを目指し続けたいですし、そうした未来になればいいと思っています。

中村:今回、お客さまによって求めるものが違うということを学びました。実際に一人ひとりに寄り添ったサービスを提供したり、お客さまが自分にあったものを選んだりすることは難しい。なので、それを自動的に選ぶ技術や我々が今回導入しているイコライザーのような形で、お客さまが簡単に好みを合わせられる技術の提供が必要です。そうすれば、お客さま誰もがベストな状態で楽しめる。そのようなヘッドホンを提供していきたいと考えています。

奥田:究極は、装着したらもうすべて調整されていることですよね。

中村:好みだけでなく、その場所ごとに適したことというのもあると思うので、我々以外のエンジニアも含め、一生懸命頑張っているところです。

花沢:多様な方のニーズを反映した商品をつくることで、価値のあるものになるのではないかと思っています。どんなニーズがあるのかをリサーチしていけたらと思っています。実際にやってみてわかることもあるので、目に見えないニーズについても探っていきたいです。

コンサートホールに座っている3人。真ん中は女の子、左端は男の子。右端は男性。彼らは白いヘッドフォンを着用しています。 Special Thanks:Suntory Hall
コンサートホールに座っている3人。手前から男の子、女の子、男性。彼らは白いヘッドフォンを着用しています。 Special Thanks:Suntory Hall
サントリーホールでのコンサートの様子 © Taira Tairadate / SUNTORY HALL

今後もソニーは、お客さまに寄り添い、すべての人が感動を分かち合える未来を実現するためにアクセシビリティを高める取り組みを進めていきます。

  • Auracast™︎ワードマークおよびロゴは、Bluetooth SIG, Inc. が所有する商標です。
  • Bluetooth®ワードマークおよびロゴは、Bluetooth SIG, Inc. が所有する登録商標です。
  • ヘッドフォンを装着している様子はリハーサルにて撮影しています。
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