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ソニーが実践!
未来を共創するワークショップ
固定観念を"解体"し合う?ソニー新入社員が体験したワークショップとは [前編]

ソニー株式会社(SEC)の佐武陸史さんと伊藤鈴さんが話している写真

ふだんの生活を何気なく過ごしていると、いつの間にか自分の固定観念に縛られてしまうことがあります。

自分にとっては使いやすい製品だけれど、他の人にとってはどうなのか。私たちが提供する「便利」は、より多くの人が使えるものになっているのか──。

そうした視点や疑問を忘れずに、製品やサービスを創造する人を育てるためにソニーで行われているのが「インクルーシブデザイン・ワークショップ」。

ソニーの新入社員が、全盲のリードユーザーさんと過ごした一日に密着しました。

ソニー株式会社(SEC)の伊藤鈴さんの笑顔の写真

ワークショップに参加しました!

伊藤 鈴さん

ソニー株式会社ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部 システム・ソフトウェアセンター ソフトウェア技術第1部門

2022年入社。テレビアプリのUI/UXデザインを担当。業務では、アクセシビリティに配慮したデザインをするよう心掛けている。最近は、デジタルウェルビーイングや、ファッションにおけるエシカル消費に関心を持ち、普段の生活でも意識するようにしている。

ソニー株式会社(SEC)の佐武 陸史さんの笑顔の写真

ワークショップに参加しました!

佐武 陸史さん

ソニー株式会社 品質マネジメント推進部門 インクルーシブ・HCD部

2022年入社。人間中心設計を全社推進する部署で、ユーザーテスト/ユーザー調査の実施支援を行っている。仕事柄、サステナビリティでも特にアクセシビリティの重要性を改めて感じており、普段の業務や資料作成でも視覚障がいの有無にかかわらず見やすい資料を作ることなどを心がけるようになった。

佐藤 尋宣さんの笑顔の写真

今回のリードユーザーは…

佐藤 尋宣さん

1980年生まれ
網膜色素変性症により生まれつき弱視で21歳の時視力を失う。 16才からドラムを始め大学卒業後にプロドラマーとして活動を始める。 現在はドラム奏者、ドラム講師の仕事と並行して、音楽を融合させた対話型の独自の障がい啓発プログラムを全国の教育機関等で実施している。

ソニー株式会社(SEC)の広い会議室で約30人ほどの人がスクリーンを見ている写真

「インクルーシブデザイン・ワークショップ」ってどんなもの?

「インクルーシブデザイン」とは、多様なユーザーを包含(インクルード)し理解することで、新たな気づきを得て一緒に製品やサービスをデザインする手法です。

この手法を取り入れた「インクルーシブデザイン・ワークショップ」では、実際に視覚や聴覚、身体などに何らかの制約がある方に「リードユーザー」として参加していただきます。
テーマに基づいてリードユーザーと一緒に行動し、対話するなかで得た気づきから、抽象度を上げて社会全体の新たな課題を設定することを目的としています。

取材に協力してくれたのは、ドラマーとして活躍する全盲の佐藤尋宣さんと、ソニー新入社員の伊藤鈴さんと佐武陸史さん。伊藤さんは佐藤さん、佐武さんは電動車いすユーザーの和久井真糸さんのチームに入りました。

ソニー株式会社(SEC)の広い会議室で社員7人が議論している写真

「インクルーシブデザイン・ワークショップ」では、1チーム5~6人に対して1人のリードユーザーが入ります。サトちゃんによると

「リードユーザー」とは、「みんなより先の世界を体験している人」

だそう。

佐藤さん:人間は年齢を重ねると、見えづらさや歩きにくさといった体の不自由を感じるようになります。僕らはそうした身体的な制約をすでに受けているので、高齢化に伴いどのような問題点が生じるかがよくわかります。

「インクルーシブデザイン・ワークショップ」では、そうした視点からファシリテーターとして参加する高齢者や障がい者が将来の水先案内人の役割を果たすので、「リードユーザー」と呼ばれています。

チームメンバーは多様なほど成果が出やすいので、ソニー側の年齢層、性別、キャリアはバラバラです。

まずはチーム全員で自己紹介。お互いにニックネームで呼び合うのがワークショップの決まりです。佐藤さんは「サトちゃん」、伊藤さんは「リン」、佐武さんは「さぶちゃん」(ここから先は、3人をニックネームで呼ぶことにします)。

いざ外へ。ひと駅移動するだけでも「不便」がいっぱい

「2030年、誰もが楽しめる移動をデザインしよう」──これが今日のワークショップのテーマです。フィールドワークのミッションは「ソニーシティみなとみらい」のオフィスから外へ出て、電車でひと駅(みなとみらい駅もしくは横浜駅まで)移動して帰ってくること。

制限時間は約1時間。「余力があれば自動販売機で飲み物を買うこと」と言われましたが……。

サトちゃん:たいてい時間ギリギリになって、ミッションがコンプリートできないこともあるんですよ。自分のいつもの行動範囲じゃなくて、初めての場所だからね。

制限時間はタイトですが、ワークショップの参加者がリードユーザーを介助するのはNG。彼らが慣れない街で交通機関やサービスを利用する様子を観察したり、どこに困ったのかを質問しながら、気づかなかった「移動の不便」を発見することが課題なのです。

第一関門は、ビルからの脱出。大規模なオフィスビルは構造が複雑なので、出入りには意外と時間がかかります。

会議室の壁を触り白杖でドアを探している佐藤 尋宣さんの写真

ソニー社員:エレベーターまで行くの、難しくないですか?

サトちゃん:ふふふ(不敵に笑う)……まぁ行ってみましょう!

意外にもスイスイとエレベーターに乗り込み、エントランスに到達したサトちゃん。来たときの記憶や、行き交う人の気配、風の音などから出口の方向がわかるのだとか。

サトちゃん:スゲー! なんか俺、今日すごくスムーズじゃない? みんなに「あんまり不便じゃなさそう」って思われちゃうな(笑)。

ビルの外に出たサトちゃんが手にしたのは、スマートフォン。目的地の方向を音で教えてくれる、街歩きをサポートするアプリを愛用しているといいます。

佐藤 尋宣さんが屋外でスマートフォンから流れる音声を聴いている写真

サトちゃん:こいつのすごいところは、スマホを向けて、その方向が目的地と合っていると、音で教えてくれるんですよ。ほら、いま音がちょっと高くなった。これは、あっちに駅があるという合図です。

最寄りの新高島駅の入口はビルの近くなので、点字ブロックを頼りに進んでいきます。

白杖と黄色ブロックの写真

リンさん:やっぱり点字ブロックがあるのとないのとでは全然違いますか?

サトちゃん:完全に点字ブロックを信じ切っているわけじゃないけど、いざというときあると安心するな、っていうのはあります。点字ブロックをたどれば、駅員さんがいる場所に行ける、とか……なんとなく経験的にわかっているから。

駅の改札につきました。ここまでかかった時間は、約20分。

サトちゃん:せっかくだから、今日は切符を買ってみようかな。

佐藤 尋宣さんとSEC社員が駅で切符を買っている写真

ところが、くわしくは後述しますが、この判断が思わぬ時間のロスを招くことに……。

サトちゃんの「不便」に気づいたソニー社員は、青い付箋にその内容を書いていきます。ポイントは、すぐにメモを取らず、サトちゃん本人に聞いてからにすること。そうでないと、自分の固定観念で「不便」と決めつけてしまう場合があるからです。

伊藤鈴さんが駅でメモをとっている写真

フィールドワーク開始から1時間後、みんなが続々とビルに帰還。 4チームのうち、和久井さんとさぶちゃんたちのチームは、フィールドワークのミッションの1つ「クリスマスツリーと記念撮影」 を見事達成することができました。

2枚の写真。1枚目は車椅子の方がSEC社員の写真を撮っている。2枚目はその撮影された写真

「感情マップ」でリードユーザーのインサイトを深掘り

ここからワークショップは次のステップへ。

書いた付箋をみんなで共有し、「感情マップ」に貼り込んでいきます。これは、リードユーザーの行動と気持ちを時系列で表したもの。縦軸はマイナス3からプラス3の範囲でリードユーザーの心情を表しており、上に上がるほどプラスの気持ち(ワクワク感など)、下に下がるほどマイナスの気持ち(不安やストレスなど)が多かったことを示します。横軸はフィールドワーク開始からの時間の経過です。

ソニー株式会社(SEC)の会議室でホワイトボードにメモを貼っている社員の写真
XY軸の描かれたホワイトボードにメモが貼られている様子の写真

ソニー社員:視覚障がいの方のための駅の音声案内が、まわりのノイズで聞こえづらかったですね。

サトちゃん:これはけっこうイラッとしたから、マイナス2で。

リンさん:駅のエレベーターのボタンに、どの階がホームで、どの階が改札なのか、といった点字の表示がなかったこと。

サトちゃん:これはプラス1で。

リンさん:どうしてですか?

サトちゃん:うーん、「よくあるじゃん」って感じだからかな? 困ったなぁとは思うけど。

リンさん:電車に乗っていて、降りる駅に着いたとき、どちら側のドアが開くかわからなかったときは?

「電車のドアどちら側が開くかわからない」と描かれたメモの写真

サトちゃん:あれは全然大丈夫、プラス3にしといてください。ドアは開くときの音ですぐにわかるからね。

想像以上にプラスが多く「え、そこも?」と驚くチームのみんなに、「『わかった!』とか『当たった!』っていう面白さがあるんですよ。こういうのは、みんなの感覚とちょっと違うところかも」とサトちゃん。

一方で、長く不便な社会にいることで、だんだんと「不便」が「当たり前」になっていることも。「感情マップ」で自分の心を見直すことで、リードユーザー自身が自分の固定観念に気づく場合もあるそうです。

XY軸の描かれたホワイトボードにメモが貼られている様子の写真

リードユーザーの不便を「自分ごと」にすると、社会課題が見えてくる

続いてリードユーザー以外のメンバーが、「自分も似たような経験がある」と感じた青い付箋の近くに、自分の「不便」を書いたピンクの付箋を貼っていきます。

この作業──「自分ごと化」は、インクルーシブデザイン・ワークショップのなかでも特に重要なステップです。

例えば杖を使っているリードユーザーの「不便」として、「スマートフォンを持ちながら杖を使い、雨の日は傘もささないといけないのが大変。片手で操作できると便利」という付箋が貼られていたとします。

チームの他のメンバーは、リードユーザーの青い付箋を眺めながら、自分にも同じような経験がなかったかどうかを考えていきます。「そういえば出張先で、キャリーバッグを引きながらスマホのマップの道案内機能を使っていたら、急に雨が降ってきて大変だったな……」といった感じ。思い出せたら、どんどんスピード勝負でピンクの付箋を貼っていきます。

リードユーザーのニーズを自分ごととして捉え直し、本質的な課題は何かを考えてみると、誰もが同じように不便に感じていることがたくさんあることがわかってきます。

青い付箋とピンクの付箋が集中している部分は、それだけたくさんの人が「不便」を感じているということ。つまり、ここに社会全体の新たな課題が隠れているのです。

ソニー株式会社(SEC)の社員5人と佐藤さんがホワイトボードを見ている写真

さて、ワークショップはいよいよ最終ステージへ。「2030年、誰もが楽しめる移動をデザインしよう」を目標に、チームが意見を出し合って移動の問題点を定義していきます(「問題定義」)。

各メンバーは「問題定義」の視点のもと、リードユーザーの「不便」を「自分ごと」化しながら、社会課題を解決するアイデアをイラストにします。

制限時間はわずか2~3分!短時間でアウトプットすることで、右脳を刺激して閃きを生んでいきます。

そして最後に、みんなのアイデアをグループごとにひとつにまとめ、チームの総意として発表。4チームそれぞれ、個性あふれる社会課題の解決策が出てきました。

さて、結果はいかに? 後編ではサトちゃん、リンさん、さぶちゃんが座談会でワークショップを振り返ります。

後編に続く】

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